「45の国と地域がひとつになって平等に行進」
国際情勢の緊張が高まる中でのスポーツの役割について、小谷氏は名古屋のテレビ塔でのライトアップ演出を例に挙げた。「スポーツの祭典だからこそ、政治的に複雑な立場にある国も関係なく45のNOC(National Olympic Committee:各国のオリンピック委員会)の1つとして掲出されますし、開会式の入場行進も45のNOCが平等に、順に行進する。それは、スポーツならでは」。
政治が分断するものを、スポーツの場だけは一時的に平等化する。この構造こそが、「たかがスポーツ」という発言への、最も雄弁な反論になっているのではないか。
1998年のサッカーW杯フランス大会、政治的に長年対立してきたアメリカとイランが対戦した一戦は、その象徴だった。政府首脳から事前の握手を拒否するよう指示が出ていたとされたが、アスリートたちは試合前に花束を贈り合い、一緒に記念撮影をするなど平和的な光景が話題となった。
2026年のサッカーW杯では、アメリカ代表のフォラリン・バログンが試合中に受けたレッドカードによる出場停止処分が、政治的な配慮によりFIFAによって1年間猶予され、次試合に出場するという出来事があった。この件についてコメントを求められたバログンは「自分はプレーヤーなのでフィールドに出たら精一杯のプレーをするだけ」と応えたという。小谷氏はこう振り返る。「あれが、アスリートの気持ちを全て語っているなと……涙が出ましたね」。
日本人が知らない「史上最高にジェンダーバランスが取れた」東京五輪
小谷氏が銅メダルを獲得した1988年のソウル五輪は、ジェンダー平等というテーマでも画期的な大会だった。それまで選手宣誓は主に男性によるものだったが、ソウルでは五輪史上初めて男女がそろって宣誓を行った。
東京2020大会でも画期的な試みがあった。
それまで男女別の種目では当然のように男子の決勝が女子の決勝の後に開催されていたが、東京2020大会はいくつもの競技で男子の決勝の後に女子の決勝を行うスケジュールを組んだ。その後の五輪にもこの形式が引き継がれている。こうして東京2020大会は当時としては「史上最高にジェンダーバランスが取れた大会」と評価されたが、この事実を多くの日本人が知らずにいる。
小谷氏はこう語る。
「スポーツにおけるこうした場面、男子も女子も地位は一緒なんだというのを、当たり前に見ている今の子どもたちが、これから大人になり、これからの日本のジェンダーバランスを変えていくんだと思います」。
ジェンダー平等は単に数合わせをするのではなく、実際に体験することで、より促進されるという持論だ。 東京2020大会の組織委員会理事会に出席するようになった当初のことも、率直に振り返る。「理事会の中に女性が少なく、発言しにくいような雰囲気は確かにありました」。
2021年2月、当時の森喜朗会長が女性蔑視発言により辞任、橋本聖子会長が就任し、パラリンピック金メダリストの大日方邦子氏ら12人の女性が理事に加わった。これにより「みなさんが刺激し合い、すごく発言しやすそうだった」と、着実にジェンダー平等が進んだという。
小谷氏自身、3年前からマスターズに選手として競技復帰し、男女混合のミックスデュエットに挑戦した経験を語った。女子だけだったアーティスティックスイミング(AS)で、男子のパイオニア安部篤史氏とペアを組んだ狙いを「ASは男女平等、男女でできるスポーツなんだってことを発信したかった」と説明する。いわば男性の参画による新たなジェンダー平等の形とでも呼ぼうか。


