「たかがスポーツ」——日本には、こうした言葉が時に無自覚にまかり通ってきた空気がある。
2020年の東京五輪や、10月4日に閉幕した愛知・名古屋アジア大会……国際大会の招致・開催が語られるとき、議論はしばしば経済波及効果やコスト論に収斂しがちだ。だが、その真の意義は、別のところにあると考える。
公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)の小谷実可子常務理事に、大規模国際大会の真の意義、そして女性のキャリアとダイバーシティについて聞く機会を得た。今日のマーメイド・ジャパンの礎を築いてきたアーティスティック・スイミング選手である小谷氏が導く答えとは。
「自国の声援を受けながら競技するのは、最も幸せ」
大規模国際大会が開催されるたびに繰り返されるのは、「コストがかかる」「赤字体質」という批判だ。だが、こうした大会はそもそも「投資」としてとらえるべきではないか。
元アスリートらしい、強い意思のうかがえる眼差しで、小谷氏はこう切り出した。
「アスリートの立場で言わせて頂くと、自国の声援を受け国際舞台で競技できることは最も幸せなことです」
1988年開催、自身が出場したソウル五輪は、名古屋と招致を争った。「ソウルに決まった時は自国開催がなくなるということで、とても残念だった、未だにそう思っています。アスリートにとって自国開催は、なによりのモチベーションになります」。
「アスリート・ファースト」というフレーズが安易に使われる傾向があるが、スポーツの祭典を自国開催してこそ、真にアスリート・ファーストが具現化できるという。
その意味でも、五輪招致が叶わなかった名古屋の地で今回、アジア大会が開催された意義は大きい。
自国開催ならではの意味は、JOC組織内部にも及ぶという。
「他国での開催となると、JOC役職員も強化担当・国際担当・広報担当を中心に現場対応をしています。自国開催となると、より多くのメンバーが様々なステークホルダーと連携しながらTEAM JAPANを支えています。このTEAM JAPANを支えるスケールの大きさは、なによりの今後の貴重な財産です」。
国際大会の意義は、勝敗の外側にある
国際大会の意義は、どうしてもメダル獲得数や経済波及効果という分かりやすい物差しで語られるケースが多い。それはメディアの功罪でもあっただろう。だが小谷氏の言葉を丁寧に拾っていくと、そこには従来の物差しでは測れない、もっと構造的な意義が浮かび上がる。
メダル報道の過熱ぶりについて、小谷氏は単純な「メダル至上主義批判」では終わらせない、興味深いバランス論を展開した。「IOCも国別のメダル獲得ランキングは出さないといった方針を出してはいます。それも過ぎると『メダルを獲っても獲らなくてもいい。頑張った選手の皆さんです』と、あまりにも薄っぺらくなる。そこのバランスは必要ですよね」。
結果を追いすぎても、結果を軽視しすぎても、大会の価値は薄まってしまう。この両極を避けたバランス感覚こそが、小谷氏の言う「アスリートの道のりへの称賛」の本質だという。
フィギュアスケートの木原龍一・三浦璃来組(りくりゅう)を例に、「2人が金メダルを獲らなかったとしても、諦めずに最後まで挑戦したフリーの演技の価値は純然と存在します。その価値やそこまでの道のりをどう伝えられるか……そこには称賛しかありません。その人がどうやって何を乗り越えてそこに至ったのか。その道のりを見せる」と語る。



