これを直接裏付ける証拠もある。前述の「注意残余」に関する研究では、中断された作業をどのように再開するかを少し時間を取って計画すると、注意残余が大幅に減ることがわかった。簡潔で具体的な計画を立てるだけで、その作業を一旦思考の脇に置くことができた。
決めるのは1つだけでいい。最初の一手はスケジュールではない。この方法で1日全体を計画しようとすると、朝の時間をできるだけ決断に費やさない、という本来の目的に反してしまう。
朝の「最初の一手」が機能しない場合も
午前5時に起きるべきと主張しているわけではない。起床する時刻はそれほど重要ではない。重要なのは順番であり、最初に自分の注意を向けるものが自分で選んだものかどうかだ。
また、この方法は朝の時間をある程度自分でコントロールできることを前提としている。多くの人はそうではない。幼い子どもの面倒をみている人や、不規則なシフトで働いている人は、1日の始まりを自分で選ぶことはできない。そうした人は「最初の一手」をもっと小さなものにするか、避けられない用事を終えた後まで遅らせる必要があるかもしれない。1日が始まって最初の1分に行う必要はない。その日のやるべきことに完全に飲み込まれる前に行えばいい。
また、抱えきれないほどの負担がある場合、計画を立ててもうまくいかない。仕事量が対処できないほど多ければ、最初にすべきことを決めたところで問題は解決せず、それを解決策として扱うと、構造的な問題が個人の失敗にすり替えられてしまう。
「最初の一手」がもたらすものはそれよりもささやかで、その分、より確実なものだ。1日の大半は自分が選んだわけでもなく、拒むこともできない物事で構成されている。自分が選んだ1つのことから始めても、その事実が変わるわけではない。それでも、1日を他人の要求への応答ではなく、自分の意思による行動で始めることはできる。


