1988年10月12日、早朝一番の飛行機で米ロサンゼルスからサンフランシスコへ向かった。目的は、サンフランシスコのデイヴィス・シンフォニーホールで開催された、後に「NeXTcube(ネクストキューブ)」と呼ばれる、NeXT Computerの高性能ワークステーションの発表会を取材するためだった。
スティーブ・ジョブズとの縁をつないでくれたのは、未来学者のポール・サフォーである。彼から教わったシリコンバレー成功の最大のメソッドは、「愛と友情のコラボレーション」という言葉だった。その言葉を、「一人では未来は創れない」と理解している。ジョブズは優れた仲間たちとともに、単なるコンピュータではなく、人々に愛されるパーソナルコンピュータという文化を創り上げたのである。
壇上に現れた33歳のジョブズは、アップルを去って約3年。信頼できる仲間たちとともに新会社NeXTを率い、その表情には迷いがまったく感じられなかった。
「ビル(・ゲイツ)がTシャツだから、僕はアルマーニのスーツにしたよ」
そんなジョークで会場を沸かせながらも、足元にはナイキのスニーカー。ジョブズらしかった。しかし、心に強く残ったのは、そのユーモアではない。NeXTというコンピュータに注ぐ圧倒的な愛情だった。彼は性能やスペックを誇るのではなく、「なぜ、このコンピュータをつくるのか」を語った。その情熱は、会場全体の空気を変えてしまうほどの力をもっていた。
NeXTには、日本の優れた技術や部品が数多く採用されていた。ジョブズは日本のものづくりを深く信頼し、その品質や思想を高く評価していたのである。そして、会場にいた誰もが、ジョブズの描く未来に魅了され、夢を見せられていた。
後になって振り返ると、そのNeXTで生まれた技術や思想は、現在のmacOSやiOSの基盤となっただけでなく、さらにティム・バーナーズ=リーがWorld Wide Web(WWW)の最初のサーバーとして使うことで歴史にもその名を刻み、今日のインターネット社会へとつながっていった。だからこそ、AI時代を迎えた今、日本の技術がその歴史を支えていた事実を、もっと知るべきではないだろうか。



