今夏、旅先の植物園で世界最大級の樹木の断面標本を目にする機会があった。樹齢は約3000年。年輪の周囲には人類の歴史が刻まれ、文明の興亡や戦争、技術革新がその木の生涯と重ねて展示されていた。
そこで改めて考えさせられたのは、自然と私たちが社会や事業を動かす単位との間にあるギャップである。その長い時間の積み重ねに圧倒されると同時に、自然が私たちの社会や組織の単位をはるかに超える規模で機能していることを改めて意識させられた。
この感覚は、今年7月に熊本で開催されたグローバル・ネイチャーポジティブ・サミットで見聞きしたこととも重なった。企業、政府、研究機関、NGOのリーダーたちが集まり、経済活動を支える森林や水資源、生物多様性の劣化をいかに食い止めるかについて議論を交わした。こうした課題は、一企業や一つの事業の枠に収まるものではなく、森林や農地、河川、流域やランドスケープという単位でつながりながら機能している。
日本ではこれまで、サステナビリティに関する議論の多くが、「なぜ自然が企業にとって重要なのか」の説明に重点を置いてきた。しかし、今、先進的な経営層のレベルでは、自然を経営戦略の中に位置づける必要性について概ね共通認識が形成されつつある。
実際、国内では水資源の保全や持続可能な生産など、自然に関わる取り組みがすでに進んでいる。そうした取り組みを海外へ広げようとする動きも、一部で見られ始めていた。しかし、その先へ進むには新たな難しさもある。成果を上げている取り組みを、自然が求めるスピードと規模でどのように広げていけるか、である。
日本の暮らしを支える世界の自然
例えば、食領域で考えてみよう。日本の食料自給率は、カロリーベースで約38%にとどまっている。つまり、私たちの食卓は外国、もっといえば、その農地や森林、河川、海洋に支えられている。
毎朝飲むコーヒーは、アフリカや東南アジア、中南米の農家が生産している。仕事の合間につまむチョコレートや、深夜にコンビニで買うカップ麺にも、数千キロ離れた場所で生産された原材料が使われている。飲料や衣料品、日用品の多くも同様だ。
コーヒー産地で異常高温が続けば、収穫量は減り、価格は上昇する。海洋環境が変化すれば、水産物の調達は難しくなる。森林減少が進めば、水資源の減少を通じて農業生産にも影響が及ぶ。遠く離れた地域で起きている環境問題は、店頭の商品価格や飲食店のメニュー、そして家計という形で、私たちの生活にも現れている。
こうした現実を前に、企業は自社の環境負荷削減だけではなく、原材料の生産地を支える周囲の生態系や地域社会を、いかに健全な状態で維持していくかに目を向けつつある。サプライチェーンのレジリエンスは、日本に製品が届くはるか前、原材料が育ち、収穫され、生産される現場から始まっているのだ。
それは今年7月に環境省が公表した「調達におけるネイチャーポジティブに向けた実践ガイドライン」にも表れている。調達先の生産地まで視野を広げることが、企業にも求められている。



