ホームページによると、それは2011年に国連で採択された「ビジネスと人権に関する基本ガイド」に基づいており、「政治的犯罪となる可能性のある事案を審査する」ことにある。実のところ、国連や国際司法裁判所はまったく関知していない。グループの目的はその2つの国際機関のガイドラインを応用して架空の裁判を開き、バイオテクノロジーの推進者が人類に対する罪で有罪であることに真実性を持たせることにある。
この裁判をリードするメンバーに共通すること―彼らはみなオーガニック運動の推進者であり、遺伝子組換え技術に異議を唱えていることだ。GMOという頭文字で知られる遺伝子組換え技術によって育った作物は、あらゆる食卓に並んでいる。オーガニックフードでさえ、研究や実験の過程で種の改良や交配などで遺伝子に手を加えられたものである。
たとえば、オーガニックフードを志向する消費者の多くは殺虫剤について不安に思っているが、そのオーガニックフードにも殺虫剤が使われているのにあまり気づいていない。オーガニック農場ではほとんどの合成殺虫剤の使用が禁止されているが、”ナチュラル”なものは許可されている。中毒性ではどちらの種類でも大差ない。オーガニック産業は消費者の不安感から成り立っている。不安が高まると、オーガニック市場が拡大するのだ。
架空裁判の委員には、アンチバイオテクノロジーの旗振り役で知られるバンダナ・シヴァ氏と、フランスの科学者であり遺伝子組換えのとうもろこしが腫瘍を引き落とすという研究結果を発表して多くの科学者から非難されたジル=エリック・セラリーニ氏が含まれる。
多くの人はセラリーニ氏の研究について聞いたことがあっても、実験に使われたラットはもともと主要ができやすい種類であったなど、実験設計と方法に欠陥があり許容できる水準に達していなかったことを知らない人は多い。いったんは取り下げられた論文が再び発表されたのは審査員が研究結果にどうしたからではなく、長期的にみてその研究データを広く世間に公表するのが有益であると考えたからだ。いずれにせよ、遺伝子組換え作物と癌に因果関係はない。
インドの農業従事者はモンサント社の犠牲者であると唱えて憚らないバンダナ・シヴァ氏がパリで会見を開いた。同席したのは国際有機農業運動連盟(IFOAM)会長のアンドレ・リュー氏だ。リュー氏は架空裁判の目的について次のように述べた。「我々がモンサント社を被告に選んだ理由は、モンサント社は地球上で行われる悪行を代表する大企業だからだ」。
リュー氏はモンサント社の看板商品であるグリサート剤についても批判した。「数々の専門家によって査読を受けた研究によると、これは歴史上もっとも危険な農業用の化学物質である」とリュー氏は発言した。グリサート剤は人体にもっとも害のない農薬としての安全性が確認されているにも関わらず、である。たとえば、モンサント社が開発したハービサイドは農作物の成長に今や欠かせないものであり、2000年に同社の特許が切れてからはあらゆる農作物の育成に利用されている。そうなると、モンサント社が農業にとって諸悪の根源であるという主張には矛盾が生じてくる。
国際がん研究機関(IARC)が最近除草剤を発癌性物質に指定したことを指摘し、リュー氏は「あらゆるグリサート剤は安全でない」と訴えた。リュー氏の発言は、一方的だ。実際、ハービサイドはカフェインと比べて25分の1しか中毒性が認められておらず、現実世界で癌の原因として特定された例は一つもない。
プレス会議でホストはバンダナ・シヴァ氏をヒロインとして称え、「奴隷制のオーナーが奴隷解放をやめたため、いまだに奴隷制がはびこっている」とモンサント社をめぐる状況を皮肉った。そして同社が開発する種子の知的財産権などについても批判したたみかけた。
遺伝子組換えに反対する活動家たちはしばしばモンサント社が特許を取得した知的財産権を非難する。しかし、特許を取得した作物は遺伝子組換え品目以外に何千もあり、その中にはオーガニックとして販売できる種類のものも数多く含まれる。
モンサント社が特許権をめぐって農場主を訴えた裁判について、架空裁判で焦点になることは容易に推測されるが、実際に農家が故意ではなく遺伝子組換えの種子を育てたケースについて会社が農家を訴えたことがないのも事実である。
アメリカでアンチ・バイオテクノロジーを先導するオーガニック消費協会の統括者ロニー・クミンズ氏は、「モンサント社に断固反対」とプリントされたオーガニックコットンのTシャツを着て、モンサント社に批判の矛先を向けた。
「モンサント社は自社の利益を伸ばすため人類を毒漬けにしようとしている。人々はモンサント社を公の意見に触れさせる裁判にかけるのだ」とクミンズ氏は語気を強めた。架空裁判は国連が定める世界食料デーと同日に開催される予定だ。
リュー氏は、モンサント社が悪の根源であり、食の安全を脅かす魔女のような存在であるとしたうえで、BASFやBayer、Dow、DuPont、Syngentaなどの化学大手も同様だとした。これらの主張の陰に見過ごされがちな事実は、アンチ・バイオテクノロジーを掲げ豊富な資金源に支えられたロビー活動においては、食の質や安全ではなく、いかに農作物が生産されるかが議論されており、食の質や安全を証明するための研究や開発に資金をつぎこむことができない中小のビジネスが置き去りになりがちだということだ。
いずれにせよ、予定されているのは架空の裁判であり、遺伝子組換え技術に反対するグループが国連や国際刑事裁判所のブランドを模倣して開催するものだ。来年10月に法廷が開かれるモンサント社の裁判がどれだけ注目を集められるか、見ものである。