アート

2026.09.23 14:15

堤清二が残した「渋谷西武」というカルチャー 街をつくり、アートに情熱を注いだ男の美学

ジョージ・シーガル作「通勤者」(stock-enjoy/Shutterstock.com)

インスピレーションの源となった、アートを愛する人々

ある日、蔵書の一冊を紐解いていると、栞の代わりに使っていたのだろう、展覧会の入場券が出てきた。そこには「ジョージ・シーガル展 西武美術館」と印刷されていた。1982年、ジョージ・シーガルが生み出した白い石膏像に初めて相対すると、その“無”ではない“白”という色ゆえに、無限の問いかけをされているように感じた。

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数年後、初めて米ニューヨークを訪れた。巨大なバスターミナル「ポートオーソリティ・バスターミナル」の一角に、ジョージ・シーガルの作品が置かれているのを見つけた。父と思しき人物が、小さな子どもの手を取り、旅立とうとしている等身大の彫刻だった(※)。その前に立ち止まると、不安と期待の感情が湧き上がり、互いに消し合うような瞬間を、今も覚えている。等身大ゆえにその“白さ”が一見無慈悲のようでいて、不断の温もりを与えてくれたような気がしている。

渋谷西武の閉店を知らされたときには、堤清二や西武美術館の思い出が走馬灯のように走り抜けた。そして、そんな雑多な記憶の中、印象的に浮かび上がってきたのが、ジョージ・シーガルの彫刻だった。

「彼の作品を運ぶのは、本当に苦労したんですよ。でもね、彼の作品を日本人に見せたかったからね……。あの白さには可能性があったからね……」

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堤清二へのインタビューで私がジョージ・シーガルに言及するや、堤はこんな回想をしていたことを思い出す。

ノンフィクションを生業にするようになり、堤清二のような実業家から市井の人々まで、おそらく3万人近くの人に会ってきた。そうした出会いが本という作品に昇華するには天にも届くのではないか、と思うほどの階段を登っていかなければならない。しかし、その昇華までの過程を思い返すと、芸術家はもちろん、驚くほど“アート”と深い関わりをもつさまざまな方々との交わりが、少なからず自らの作品に影響を与えてくれていたと感じないわけにはいかなかった。

今まで私の深層に沈殿していたそうした方々、作品、そして出会いの記憶を、これから書き記して行きたい。

※ 現在は、同作者による作品「通勤者(The Commuters)」(写真は本稿のメインビジュアル)が設置されている。

文=児玉 博

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