選択肢が多いほど、「正解がある」と思ってしまう
でも、ここで思い出したいことがある。
そもそも、なぜ私たちはこれほどまでに「正解」があると信じているのだろうか?
それは、選択肢が多いほど「最適解が存在する」という錯覚が生まれるからだ。
3つの選択肢なら、「どれでもまあいいか」と思える。
完璧な選択肢はないだろうと、妥協を前提にできる。
しかし、100の選択肢があると、話が変わってくる。
「この中に最良のものがあるはず」
「せっかくこんなに選択肢があるのに、妥協したら損」
そんな気持ちが湧いてくる。
自由があるということは、選択肢があるということだ。
そして、選択肢が多いほど、「ちゃんと選べば、完璧な正解にたどり着けるはず」という期待が膨らんでいく。
3つしか選択肢がなかった時代の人は、「正解を選び損ねた」とは思わなかった。
完璧な選択肢などないと、はじめから知っていたからだ。
選択肢が増えたから「最適解があるはず」という期待が膨らみ、その期待が膨らんだから「選び損ねた自分」が責められる。
これは、あなたの努力が足りないわけではない。
選択肢の多さがつくり出した幻に、責められているだけなのだ。
決断が自由な世界では、自分で責任を取らないといけないので、安心や自信が持てない決断はむしろしづらくなっている。
ひとつだけ言えるのは、この重さを一人で背負う必要はないということだ。
「自分で決めないと」と迫られる時代だからこそ誰かに頼ることの価値はむしろ上がっている。



