大型火力発電所5年分の省エネを生んだ「太陽型の誘因設計」
一方で、命令も罰則もなしに、人の選択を静かに変えた成功例もあります。米国のエネルギー企業OPower(現Oracle傘下)は07年、電力会社と提携し、各家庭へ「ホーム・エネルギー・レポート」という手紙を届け始めました。そこに書かれていたのは、手紙を受け取った家庭と近隣の省エネ家庭とを比べた電力使用量のグラフと、成果に応じた「にっこりマーク」です。
値上げもペナルティも通知しない手紙でしたが、11年に経済学者ハント・アルコットらが約60万世帯のデータを検証したところ、レポートを受け取った家庭の電力使用量は平均1.5〜2%減少していることが分かりました。16年には、同社の取り組みは世界100社超の提携電力会社、6000万以上の世帯へと拡大。22年には、累計32テラワット時(大型火力発電所が約5年間で発電する電力に相当)の省エネと、33億ドルに上る電気料金の節約効果を生み出しました。人は「周囲と同調し、認められたい」という心理、すなわち社会的インセンティブによって自発的に行動を変えるのです。
こうした「貢献価値の見える化」による誘因設計の効果については、私たちEarth hacksも似た手応えを得たことがあります。とある物産イベントで、CO2の削減量を数値で示す「デカボスコア」の有無によって消費行動が変わるかどうかを検証しました。
環境に配慮したラベルレスの飲料を、通常のラベル付き商品より10円高い価格に設定したものの、デカボスコアを表示して販売すると、イベント参加者の約7割がその商品を購入する結果となりました。スコアによる可視化が、価格差を上回る納得感と「良い選択をした」という心理的満足感を生み出したのです。
太陽は旅人に「上着を脱げ」と命じたのではなく、あたたかい光を注ぎ、「脱ぎたい」という気持ちを引き出しただけでした。
北風と太陽の「意外な関係」
ここで、もうひとつの事実に触れておきたいと思います。OPowerがホーム・エネルギー・レポートを作成できた背景には、実は北風の存在がありました。各州が電力会社に対し、通信機能を備えたデジタル電力計「スマートメーター」の設置を義務づけていたからこそ、データの可視化とそれを通じて利用者の自発的な行動を引き出すこと(太陽)が可能になったのです。
このように規制と誘因設計をいかに上手く掛け合わせられるかが、いま企業や政府に求められています。生活者がエコバッグや商品にラベリングされたCO2表示マークを目にしたとき、それを「押しつけられている」と感じるか、「自分で選んでいる」と感じるかで、次に取る行動は変わるからです。
試されているのは生活者(旅人)の意志の強さではありません。企業や国が、旅人が自ら心地よく上着を脱ぎたくなるような設計を描き切れるかどうか。それこそが、これからの脱炭素経営の分かれ目になるでしょう。
この連載では、広く読み継がれてきたポピュラーな物語を、独自の観点で解釈しています。
科学的な裏付けをベースにしていますが、厳密な調査や研究に基づく論文とは異なり、あくまで架空の読み物としてお楽しみください。


