※この記事は2014年12月発行の米誌「Forbes」に掲載されたものです。
米国の消費者の買い物行動を一変させた、一人のビリオネアがいる。その男の「聖域」は、彼自身と同じくらい謎めいている。
オハイオ州コロンバス。ゴミ処理場の向かいにある何の変哲もないオフィスビルの片隅、「立入禁止」のサインが飾られたセキュリティゲートの奥にその場所はある。共有スペースは、ピンク色の壁やレースのランジェリー、ほぼ裸のスーパーモデルの映像が延々と流れる巨大スクリーンなどで派手に飾られている。
しかし、彼自身の執務室はバインダーや書類が散乱し、まるで映画『うっかり博士の大発明 フラバァ』のようなカオスな空間だ。机の上は長さ約90センチの巨大な鉛筆や、オハイオ州立大学版のモノポリー、そして本の山に占領されている。
ヴィクトリアズ・シークレット(Victoria's Secret)、ピンク(PINK)、エクスプレス(Express)、ザ・リミテッド(The Limited)を育て上げ、米国の小売業界の歴史に名を残す巨万の富を築き上げた男、レスリー・“レス”・ウェクスナー(当時77歳)。しかし、彼自身はその皮肉に気づいていないようだ。
「子供の頃、最初の店を出す前には、店は劇場であり、小売りはエンターテインメントだと言われていました。それは今でも変わりません」と、グレーのスラックスにブルーのオックスフォードシャツというカジュアルな装いで彼は語る。
「小売りとは、無料のエンターテインメントなのです」
メディアを避ける「哲学者肌の経営者」
これほどまでの興行師でありながら、ウェクスナーは表舞台を徹底的に避けてきた。巨大な上場企業のCEOでありながら、決算発表で発言することは稀であり、メディアの取材に応じることもほとんどない。
ウェクスナーがあまりに謎めいているため、世間の多くの人は「ヴィクトリアズ・シークレットの黒幕は、サラ・ブレイクリーやトリー・バーチのような女性のビジョナリー(先見の明がある人物)か、あるいはヒュー・ヘフナーのようなプレイボーイに違いない」と思い込んでいるほどだ。
しかし現実のウェクスナーは──純資産62億ドル、フォーブス400で80位にランクインする──何十年もの間、自らのあらゆる決断に問いを投げかけ続けてきた思慮深い人物だ。彼のビジネスにおける成功は、「強迫観念のような落ち着きのなさ」と「現状への不満」から生まれており、それが彼を常に大衆とは違う方向へと向かわせた。



