『トマト缶の黒い真実』(ジャン=バティスト・マレ著、田中裕子訳、太田出版刊)が取り上げているのはタイトル通りトマト、とりわけ、ケチャップやトマトペースト、カットトマト缶に使われる加工用トマトである。
加工用トマトは、私たちがよく知る生食用トマトの形ではなく、瓜のように細長い。加工しやすいよう改良された品種で、果肉が詰まっており水気も少ない。しかし大抵のトマト缶に描かれているのは大きく丸く、みずみずしいトマトのイラストだ。これは、著者であるジャン=バディスト・マレによれば「人々がトマトに抱くイメージをうまく利用している」ようだ。
「三倍濃縮」のトマトを輸入、「二倍濃縮」に再加工……
舌鋒鋭い著者の、標的の一つがイタリアのトマト加工業界である。イタリアといえば世界でも屈指のトマト消費国であると同時に、トマト輸出国でもある。しかし本書によれば、イタリアから世界に向けて輸出される「イタリア産」の加工トマトは、実際には中国で生産されているというのだ。いったいどういうことだろうか。
からくりはこうだ。まずトマト加工メーカーは中国から「三倍濃縮」のトマトを輸入し、イタリアで「二倍濃縮」に再加工する。要するに、稀釈するのだ。そうすることで缶に「イタリア産」のラベルを貼ることができるばかりか、関税の免除すら受けられる。中国の安価な労働力を用いたコスト削減と大量生産には、マフィアの関与が疑われる事例もあるという。
そのような黒すぎる真実をつぶさに書き記した結果、本書はイタリアで発禁処分を受けている。
プラスチックの分厚いカーテンの向こうに、著者が見たもの
そして、イタリア以上に真実の見えづらい国が中国だ。著者はここにも勇猛果敢にメスを入れる。
中国にトマトの生産技術を教えたのは他ならぬイタリアだったようだ。かつて「イタリア産」の加工用トマトに専念していた中国は近年、イタリアを介さない直接的な輸出を始めた(ただし、缶にはイタリア国旗を思わせる赤、白、緑のトリコローレが描かれている)。主な輸出先はアフリカ大陸の、貧困国と呼ばれる国々だ。
加工用トマトは新疆ウイグル自治区で収穫され、「三倍濃縮」されたあとに青いドラム缶に詰められる。そして天津の工場まで運ばれて商品用の缶に詰め替えられて港から出発する。
著者は工場への取材を試みた。取材自体は受け入れられ、工場内の見学も許された……一ヵ所、プラスチックの分厚いカーテンで隠されている空間を除いて。
以下にその部分を引用する。
たった今まで、わたしはこの工場の生産ラインをあちこち見学し、あらゆる工程を見てまわった。濃縮トマトを再加工しているところも、トマトペーストを缶に充塡しているところも、巻き締め機で蓋をしているところも、重さを測ったり、不良品の検査をしたり、缶詰を箱詰めしているところも、すべて見せてもらった。だが奇妙なことに、新疆ウイグル自治区からやってきたはずの、三倍濃縮トマトが入ったあの青いドラム缶はどこにも見当たらなかった。通常は、生産ラインのスタート地点に、ドラム缶から原材料がポンプで汲み上げられてラインに供給される工程があるはずだ。ここにはなぜかそれがなかった。