進化について、サカナクションの山口一郎はひとつの答えに辿り着いていた。惹かれる音楽を探し、なぜ惹かれるのかを突き詰めてきた。すると、人々が「いいね」「素晴らしいね」と反応する音楽は、その時代への違和感が表現されていると思えたのだ。それを山口は、「良い違和感」と言う。
「良い違和感を提案していけば、すぐに理解されなくても、たくさんの人に聴いてもらえれば、きっと理解してもらえる」。それがサカナクションの原点であり、良い違和感こそが、表現を進化させる“段差”だろう。同世代の山口と袴田。この2人が違和感を進化させてきたプロセスを見ていこう。
「小学3〜4年の頃、映画『スター・ウォーズ』を見て、あんな宇宙船をつくりたいと夢見るようになりました」
ispaceの袴田武史は少年時代の夢についてそう言う。その後、名古屋大学工学部機械・航空工学科に進学した袴田にとって、大学は宇宙への足がかりとなるはずだった。しかし、袴田が気づいたのは、研究の多様性を阻害しかねない、「まじりあわない専門性」である。
「宇宙に関する研究分野はかなり細かく細分化されています。構造、制御、流体力学、化学……。宇宙産業では、それら細かい専門領域で経験を積んだ人々が、最終的な設計判断をくだしています。専門領域内での最適化を主張するあまり、全体としては最適とはならず、システムとして上手く機能しなくなるのです」
よく言えば、職人芸の狭い世界であり、悪く言えば、イノベーションのような大胆さは求められない。
「日本の宇宙業界はものすごく狭い世界なんです。関係者の方々は皆、優秀な方たちで、能力的には国内外トップクラスです。そのため、周囲は宇宙研究を“特殊な雰囲気”と認めてしまっていて、それが宇宙と世の中を乖離させる要因になっています。それは、僕が考えていた宇宙観とは少しずれていたのです」
ここで袴田が辿り着いたキーワードが、「多領域最適化設計」だった。「多くの領域を結びつけ、同時に解析し、最適な解を探す」ことを目標とする学問分野である。複雑な要素を組み合わせてひとつのシステムをつくる、航空機や宇宙船に必要とされる考え方だ。
宇宙工学と経済学を学んでいた袴田は、パソコンのキーボードを叩き、インターネットで多領域最適化設計を研究している大学院を探し始めた。
「経済的な領域を、多領域のひとつとして扱った設計をしたい」
ビジネス的なニーズを満たす宇宙船を。そんな決意をもった袴田が進学を決めたのは、ジョージア工科大学大学院だった。アメリカ留学は彼をさらに刺激した。大学で講演を行った「スペースシップワン」のピーター・シーボルトの話を聞き、彼は「民間宇宙ビジネスの時代」を強く意識した。
「スペースシップワンの開発期間は3年です。もし国が主導していたら5〜10年はかかったでしょう。過去の宇宙事業はほとんどが国家プロジェクトです。資金は、国費や税金で賄われているため、安全かつリスクがないこと、つまり失敗しないことが大前提です。革新的な技術でも、検証されなければ使えない。許容できるリスクの幅が、民間企業と比べてどうしても狭くなってしまいます」
宇宙開発はこれまで公共事業だった。しかし、進歩のためには民間の力を使った方がいい。だから、袴田はこう決意した。「経営・技術・資本を繋げられる人材になろう」と。
これがHAKUTOプロジェクトとispace社の設立に繋がっていく。