Exclusive Interview

2017.10.16

中原淳氏 多様性を生産性向上に結びつけるための「場」づくり
第1回 人材育成のトレンドと今後の方向性

東京大学 大学総合教育研究センター 准教授
中原淳(なかはら じゅん)氏
東京大学大学院 学際情報学府。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員等を経て、2006年より現職。専門は人的資源開発論・経営学習論。

「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人々の学習・コミュニケーション・リーダーシップについて研究する中原淳氏。多様性やリモートワークの時代におけるコミュニケーションのあり方や、イノベーションや創造性につながる対話の場づくりなどについて語っていただきました。


昨今の人材育成における3大テーマ

昨今の人材育成における大きなテーマとして、3つ挙げることができます。1つは、長時間労働の是正です。年金などの社会保障がより厳しくなることが予想される中で、多くの人が、自分の仕事人生を自分ごととして引き受け、長く働いていかざるを得ない社会に変わりつつあります。そのため、自分の能力やスキルを組織任せにするのではなく、個人として引き受けて、主体的に開発していかなければならなくなっているのです。こうした変化を、僕は「“長時間労働”から“長期間労働”へ」と呼んでいます。

長時間労働にはいくつかの問題がありますが、その1つが、自分の能力やスキルを開発することからどんどん遠ざかってしまうことです。長時間労働でくたびれてしまうと、自分の能力がなかなか伸びない。そのため、ますます組織にしがみつくようになってしまっている気がします。

2つめは、多様性への対処です。国籍の多様化はもちろんですが、育児や介護をしながら働く人も増えています。そうした多様な働き方を、いかにうまくマネジメントしていくか。また、そのために管理職の力量をどう高めていくかも、大きなトピックになっています。

そして3つめは、果たしてオフィスはいるのか、という問題です。リモートワークやテレワークが物理的に可能になり、企業は今、その実証実験をしながら、リモートワークの光と影を見極めようとしている状況です。今後、リモートワークは不可避的に増えていくと思います。


「ペイ・フォー・パフォーマンス」に転換すべき

これら3つのテーマは相互に絡み合っていて、その背景には、終身雇用、年功序列型賃金といった日本的雇用慣行の問題があります。伝統的な日本企業における労働生産性と賃金の関係は、次のようなグラフで表すことができます。


※『フィードバック入門』第一章 p55より転載

若い頃は、生産性に見合う賃金を受け取れない「過小支払い」の期間が続きます。長時間労働は、主にこの期間で発生します。年齢を重ねるに連れ、生産性の伸びが緩やかになり、逆に賃金は上がっていき、45歳くらいで均衡点を迎えます。その後は、生産性を賃金が上回る「過大支払い」の期間が続きます。この期間は働いても働かなくても高い賃金が保証されているため、賃金に見合った働き方をしなくなる「働かないおじさん」が出てきます。多くの人が組織にしがみつく「組織の捕虜≒ホステージ」状態になるため、加護野先生らは、これを「ホステージ」と名付けました。

こうした賃金体系を、生産性と賃金を同期させる「ペイ・フォー・パフォーマンス」(パフォーマンスに見合ったペイを払う)に変えていくことが必要です。しかし、急に変えることは困難ですから、段階的に変えていかざるを得ません。

例えば、議論が再燃しているホワイトカラー・エグゼンプション(ホワイトカラー労働者を対象に、働いた時間ではなく、成果に応じて賃金を支払う制度)も、妥協の結果、対象となるのは年収1000万円以上の高度専門職です。しかし、そのレベルになれば、時間管理されているような社員はいないでしょう。この場合も、政府や企業がやりたいのは、ペイ・フォー・パフォーマンスの世界観に変えることです。しかし、急には変えられないために、条件を次々につけていった結果、対象者がいなくなってしまったというわけです。

ペイ・フォー・パフォーマンスへの転換は、多様な働き方を推進する上でも避けられないと思います。現状はどうなっているかというと、多様な働き方を認めることによって、育児や介護をしている人の仕事を、残った職場の人たちが引き継ぐ形になっています。現在は休業する人の割合が少ないから、何とか維持しているかもしれませんが、今後子育てと介護を同時にしなければいけない「ダブルケア」が増加すれば、休業者の割合はさらに増えて、職場はもたなくなってきます。そうなると、評価のあり方をどうしても見直さなくてはならなくなるはずです。

ただ、この転換は、痛みをともなう必要もでてくるかもしれません。この国が人材不足でありながら、多様な人たちに長く働いてもらうためには、働き方を見直し、その働き方に応じたペイを行っていくしかないのだと思います。

現状は、日本的雇用慣行を引きずりながらも、落としどころを必死に探している状況でしょう。例えば、いくつかの先進的な企業では、次々と新しい実験を繰り返しながら、どの程度なら日本的な雇用慣行を守りながら、ペイ・フォー・パフォーマンスを導入できるかを考えているのだと思います。