Exclusive Interview

2017.09.25

森川博之氏 データ・テクノロジーを活用した「働き方」
第1回 IoTやビッグデータを活用して業務の生産性を高めるには

東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻 教授
森川博之(もりかわ ひろゆき)氏
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。「社会基盤としてのICT」「エクスペリエンスとしてのICT」の2つの視点から、ビッグデータ/M2M/モノのインターネット、センサーネットワーク、モバイル/無線通信システムなどを研究。

IoTやAIなどの進展により、ビジネスパーソンの働き方は大きく変わろうとしています。情報通信技術が将来の社会にもたらす変化について研究する森川博之氏に、IoTなどを業務に活かす方法や、業務のデジタル化がもたらす働き方の変化などについて語っていただきました。


新たなテクノロジーを活用するために必要な要素とは?

いまはIoT、AI、ビッグデータなど、さまざまなテクノロジーのキーワードがあります。しかし、僕はそれぞれについて、あまり厳密な定義はしておらず、一括りにITと捉えています。その理由は、どれも「アナログなプロセスをデジタル化する」ことに共通しているからです。最新のITを取り入れて、業務の生産性を高める上でも、ポイントは同じです。オフィスワークには、アナログで行われているプロセスが膨大にあります。まず重要なことは、そのプロセスに気づけるかどうかです。しかし、それだけでは十分ではありません。

約10年前、研究室でコールセンターの方と「ITを使ってスタッフの生産性を高めるにはどうすればよいか」というディスカッションをしたことがあります。その時に出てきたアイデアは、スタッフ一人ひとりのいすにセンサーをつけることでした。そうすれば、いすの傾きでやる気があるかないかがわかるのではないか。もしそうであれば、やる気がない姿勢の時は、それを本人に知らせることによって、やる気が起こるかもしれない。これは面白いと思い、学生にやらせてみましたが、検出できたのは貧乏揺すりだけで、有意義な結果は得られませんでした。

この研究が失敗した理由は、「いすの傾きとやる気には、必ず相関があるはずだ」という強い想いがなかったためです。せっかくアナログ・プロセスに気づいても、強い想いがなければ、なかなか成果には結びつきません。

最新のITをビジネスやオフィスワークに活かすには、日頃から頭の片隅で常にアンテナを張って、アナログ・プロセスがどこにあるかに気づくことが大切です。その上で、「この技術をここで活用すれば、必ず役立つはずだ」という強い想いを持つことが重要になります。


新たな仕組みが受け入れられるには「強い想い」が必要

スペインのあるお笑い劇場では、観客が1回笑うごとに課金する方法を導入しました。座席の背面にタブレットを設置して、そのカメラで観客の笑顔を認識する仕組みです。お客さんが1回も笑わなければタダになります。この仕組みは、お笑い芸人にとっては、パフォーマンスが定量化されるので非常にシビアですが、実際に導入したところ、顧客満足度が上がったそうです。

もしあなたがこの劇場の支配人だったら、若いスタッフにこの仕組みを提案されて、OKを出すことができるでしょうか。僕だったら、「面白い仕組みだけど、お客さんが笑ってくれなくなるのではないか」とネガティブに考え、ダメ出ししてしまいそうな気がします。ですから、恐らく提案者は支配人に対して、「この仕組みは絶対に面白い」と主張し続けたはずです。世の中には保守的な人がたくさんいますから、それまでにないやり方を取り入れようとする場合、通り一遍の提案ではなかなか通りません。だからこそ、実現のためには当事者の「強い想い」が必要なのです。

私が当事者の「強い想い」を感じたのが、今年、LINEが50%以上出資して連結子会社にした「ウィンクル」というスタートアップです。同社が開発した「Gatebox」は、3Dホログラム(立体映像技術)で女の子のキャラクターを表示してコミュニケーションを取ることができる「バーチャルホームロボット」です。家の中のデバイスとつなぐことにより、朝になったら「おはよう」と起こしてくれたり、天気予報を基に「今日は雨が降りそうだから傘忘れないでね」と話しかけたり、ユーザーの位置情報を基に、そろそろ帰宅するとわかったら、部屋の電灯やエアコンをつけてくれたりします。2年ほど前にウィンクルの皆さんと知り合った時、この機器を大事そうに研究室まで持ってきて説明してくれたのですが、「僕らは一生をかけて、理想のお嫁さんを作り続けます」と話していました。そのためにはハングリー精神が必要なため、結婚したら会社を辞めなければいけないそうです。この商品が社会的に良いものかどうかは微妙ですが(笑)、とても強い想いを感じたのは確かです。その思いが伝わり、ベンチャーキャピタルからもかなりの投資額を集めていました。


オフィスのデジタル化はなぜ進まないのか

工場などブルーカラーの現場では、IoTなどを活用して生産性を高める動きが増えつつあります。それに比べると、ホワイトカラーのオフィスでは、まだあまり進んでいません。その理由は、ホワイトカラーの業務が単純作業ではなく、ロジックで説明できない部分があるからだと思います。しかし、将来的には、制約された形でデジタル化できる可能性は十分あります。

例えば、ある大手電機メーカーでは、オフィスの中で誰と誰が話しているのかをタグづけするという、面白い研究を行っています。これをデータ化すると、誰が情報発信の核となっているか、あるいは誰が外れているか、といったことがわかります。この研究を試してみたいという会社は多いですが、ビジネスベースでの導入は難しいようです。そのために費用を払うほどの価値が明らかになっていないからです。

こうした新しいテクノロジーを活用するには、失敗を恐れずに挑戦できる環境が必要です。役に立つ仕組みは、どこから生まれてくるかわからないからです。必要なのは「海兵隊」のようなチームです。これには2つの意味があります。1つは、フットワークが軽いこと。小さな組織で、最前線に出てやってみる、ということです。もう1つは、死亡率(=失敗率)が高いこと。海兵隊のミッションは、死亡するくらい危険な場所に行くことにあります。こうした海兵隊のようなチームを経営陣が認めてあげない限り、IoTなどの導入はなかなか進みません。実際に導入してみて、5年後に総括して成果が出ていなかったとしても、経営陣は糾弾してはいけません。失敗も前向きに捉え、また次の挑戦に送り出す姿勢が求められます。


スモールスタートで、走りながら考える

どんなアナログ・プロセスをデジタル化すれば生産性が向上するのか。それに気づくのはなかなか難しいものです。例えば、アメリカでは、都市の中にある公園のごみ箱がスマート化されつつあります。ごみ箱の中にゴミの量を測るセンサーをつけることで、回収事業者には、今ゴミがどれだけあるのかがわかります。そのため、ゴミが溜まってから回収すればよくなり、回収コストが3分の1に減るといわれています。言われてみれば、当たり前のことのように感じます。しかし、ごみ箱をスマート化する前に、回収事業者に「デジタル化すると効率化できることは何ですか」と聞いてみても、ごみ箱を一つひとつ回って回収することを自分たちの業務と捉えている彼らからは、恐らくこのアイデアは出てこないでしょう。このように、世の中には、気づきにくいが、デジタル化すれば効率化できるアナログのプロセスが膨大にあるはずです。

クラウド名刺管理サービスを提供する「Sansan」という企業があります。このサービスは、それまで秘書が行っていた名刺管理を、スキャナで読み込みデジタル化するところからスタートしていますが、やはり秘書に聞いてみても、このようなサービスには気づかないでしょう。同社がユニークなのは、スモールスタートであるところです。最初はシンプルな名刺自動読み取りのサービスでしたが、名刺データが蓄積されることによって、今では、そのデータをいかに活用するかにサービスの軸が移ってきています。

似た例として、「Kaggle」(カグル)というビッグデータ分析のコンテストサイトがあります。同サイトには、「100万人の3年分の医療データをマイニングして、4年目に一人ひとりが何日入院するかを当ててください」といった、さまざまな分析問題が公開されており、最も精度の高いアルゴリズムを提示したデータサイエンティストには賞金が提供されます。数年前、このサイトができた時は、「ビッグデータが盛んになれば、こういうポータルサイトもできるだろう。ボランティアで誰かがやっているのだろう」と思っていました。ところが、今、このポータルサイトがビジネスになっているんです。なぜなら、世界中のデータサイエンティストが応募してくるため、優秀なサイエンティストの情報が蓄積されます。その情報を基に人材紹介業を行っているのです。このケースも、こうした展開を最初から考えていたわけではなく、走りながら考えたのだろうと思います。

もう一つ、アメリカンフットボールのプロリーグNFLは、選手の防具にICタグをつけて、試合中の選手の動きをリアルタイムで記録し、その分析データをウェブサイト上で公開しています。こうしたデータの提供は、ファンサービスにはなりますが、当初はビジネスにつながるとは考えていなかったようです。しかし、ふたを開けてみると、公開されたデータを利用して、若いファンがチームや選手などのアプリを作り始めました。その結果、若いアメフト・ファンが増え、放映権料の上昇につながっているようです。

このように、始める前から何が成功するかを予測することは難しく、必ず成功させると決めて始めようとすると、恐らく動けないでしょう。ですから、初めは小規模でスタートし、走りながらその次を考えるやり方が有効だと思います。