Exclusive Interview

2017.12.04

藤村龍至氏 イノベーションを起こす都市設計、空間設計
第2回 コミュニティを醸成する都市設計

東京藝術大学美術学部建築科准教授 RFA主宰
藤村龍至(ふじむら りゅうじ)氏
建築家・ソーシャルアーキテクト。東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。2005年より藤村龍至建築設計事務所(現RFA)主宰。2010年より東洋大学専任講師。2016年より東京藝術大学准教授。

人が集まる魅力的な街にするには

人が集まる都市とは、どのような都市でしょうか。例えば、日本建築学会では毎年場所を変えて大会を行っていますが、最も人が集まるのは北海道大会です。なぜなら、北海道にしかない魅力があるからこそ、「北海道なら行こうかな」と思うわけです。MICE(Meeting・Incentive Travel・Convention・Exhibition/Event)を行うと、人は集まりたい場所に集まります。なかには「シンガポールだったら行くけど、東京だったらやめようかな」という人もいるかもしれません。人が移動しやすくなればなるほど、ローカリティ(地域性)の重要性は高まると思います。

P&Gのアジア本部は、1993年の時点では神戸の六甲アイランドにありました。しかし、現在はシンガポールにあります。中国や日本などの巨大マーケットに近くて、生活環境の良さを考えた場合にどの都市を選ぶか──このような都市間競争もあります。オフィスで働くということは、その街に住むことでもありますから、住んだ時に、その街が魅力的かどうかが重要になります。一見すると、生活の質に関わるスペックは同じでも、街の歴史や、住んでいてプライドを持てるか、と言った要素が選択の決め手になるかもしれません。

街の魅力という点では、コミュニティの存在は大きいと思います。コミュニティがまとまっているかどうかは、街の魅力を大きく左右します。あるマンションの例ですが、竣工時に植樹した木々が森に育ち、住民の皆さんがグリーンインフラのマネジメントで活発に活動していて、それが魅力になって不動産価値がすごく高まったそうです。

再開発の面白さは、コミュニティとがっぷり四つに組んでつくっていくところにあると思います。例えば、さいたま新都心には省庁のビルがたくさんあり、デザイン調整をして何とか広場を捻出した経緯があるんですが、いつ行っても全く人がいません。当時は、空間をつくるところまではいいのですが、それをマネジメントするところまでエネルギーを割くことができなかったんです。しかし、近年の開発は、開発後の使い方にもものすごくエネルギーをかけるようになってきました。象徴的なのが、丸の内の仲通りです。いろいろな主体が一つの街をつくっていく、昔の横町のような関係があり、日本で一番有名なコミュニティ・エリアマネジメントの成功事例になっています。もちろん、一つの不動産会社が一帯を所有しているからこそできることだとは思いますが。


コミュニティには新陳代謝が必要

私はニュータウンの研究をしていますが、埼玉県には100くらいのニュータウンがあります。その中のあるニュータウンは、自治会が3つくらいに分裂して、自治会への加入率も3分の1以下で、空洞化してしまっています。片や、白岡ニュータウンというところでは、世代が少しずつ入れ替わるように、30年かけてゆっくりと開発が進められています。児童数が小学校の定員を上回りそうになると開発を止め、下回りそうになると開発にゴーサインを出すんです。その結果、他のニュータウンにはない世代バランスになっていて、自治会活動や、いろいろな街づくり活動も活発に行われています。このケースから、新陳代謝の重要性を感じました。

巨大なオフィスビルでコミュニティをどのように形成すればいいのか、想像がつかないところがありますが、ずっと利用しているテナントと、常に入れ替わるテナントがバランス良く入るような設計ができるといいかもしれません。


プロセスをオープンにして関係者の意欲を引き出す

私が設計をする時は、そのプロセスをオープンにして、関係者の意見を吸い上げながら、修正を加えつつつくり上げていきます。その方が、関係者のやる気を引き出せるからです。あらかじめ決まったものを使いなさいというのは、どうしても押しつけみたいになってしまって、共感を生むにも限界があると思います。つくるプロセスが多様であればあるほど、いろいろな人を味方にしたり、巻き込んだりして、インクルーシブなプロジェクトになっていきます。プロセスはなるべくオープンな方が、クリエイティビティを引き出しやすいと思います。

設計チームの中だけでも、意匠、構造、設備など、いくつかの役割に分かれます。例えば、設備の人は、いつもだいたい末席に座り、最後に仕事をするという意識の人が多いです。そういうモードになっている人からは、アイデアはなかなか出てきません。設備の人のやる気を引き出すには、意匠側が頑張って、最初から巻き込んでいくことが大事です。ある設計の時は、設備の人に最初に要望を聞いて、そこから構造を決めて、プランニングしていったこともあります。みんなが脇役モードにならず、モチベーションを高めるために、プロセスをオープンにすることは重要だと思っています。

いろいろな人の意見を取り入れていくと、途中で横やりが入ったり、プランがひっくり返ったりすることもあります。ただ、それをどうリカバーしていくかも設計の一部。そもそも設計というのは、前のバージョンと今のバージョンを比較して、次のバージョンをつくることの繰り返しです。ですから、途中でいろいろな横やりが入っても、少しずつ取り込んで前に進んでいく。言わば「永遠の微調整」ですね。街づくりは、その道のプロや建築家が一存で決めがちですが、永遠の微調整でやっていく姿勢でやると、建築のプロセスもどんどんオープンになっていくと思います。


現代の一流建築家は、外部の意見を取り込む柔軟な姿勢を持っている

プロセスをオープンにした結果、当初考えていたものと全く違う方向に進むこともあるかもしれませんが、そういうことはどんな建築家でもやっているのではないでしょうか。隈研吾さんは「負ける建築」という表現をしていますが、「石を使いたい」という要望を受け、ある時、石をスライスすることを思いつき、「石のルーバー」を設計していろいろな賞を獲られています。否定せずに、全ての意見を取り込んでいく、という姿勢は大事だと思います。

新国立競技場のデザインを最初に担当した建築家、ザハ・ハディドの右腕のパトリック・シューマッハという人は、「パラメトリシズム」という概念を提唱していて、現代建築のあらゆる形態はコミュニケーションネットワークの上に形成されるという趣旨のことを述べています。ザハ・ハディドの建築は、最初のプロトタイプを基に、コンテクストと整合を取れていないところを調整してなじませていきます。プロジェクトの政治状況や経済状況、歴史的な環境などに照らし合わせて、形を変形させていく考え方です。今は、そのようなやり方の方が割と認められやすい時代と言えるでしょう。

逆に、1980年代の建築家は、「演出が勝負」みたいなところがあったので、あらゆるプロジェクトが演出型で、恵比寿ガーデンプレイスや天王洲アイルなど、ある特定のイメージを前面に出す感じでした。それに対して現在は、インターネットでどんな評判も伝わるようになり、例えば「コンクリートの詩人」といったような演出のやり過ぎは、攻撃の対象になりやすくなっています。