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2015.09.17

AIIB不参加の決断は正しい [数字で読み解く「日本経済」Vol . 2]

Photo by Wikimedia Commons

AIIBの設立協定に署名した国は欧州4カ国を含む50カ国に上った。
日本が取り残されたことは、外交上の失敗なのだろうか。


中国が主導するAIIB(アジアインフラ投資銀行)の署名式が6月29日に北京で行われた。協定交渉に参加したのは57カ国、設立協定に署名したのは50カ国に上った。

欧州4カ国(英独仏伊)が交渉参加を表明した3月末には「日本も参加したほうがいいのではないか」という国内の声があがり、マスコミでも賛否両論の意見が聞かれた。

しかし、世論調査をみると、日本が米国と共にAIIB参加を見送ったことを「適切だ」と思う人が73%に達し(5月10日、読売新聞)、国内の議論は「参加する必要はない」ということでまとまっている。

そもそもなぜ、中国はAIIBを構想したのであろうか。

習近平主席が2013年10月に提唱し、本部・北京、総裁・中国人、中国が最大の出資国となり、1,000億ドル規模とされていた。設立協定では、構想はそのまま実現し、中国の実現力が示された形になった。

1997年のアジア通貨危機のさなか、日本とASEAN(東南アジア諸国連合)が中心となって提案した「アジア通貨基金」構想は、IMF(国際通貨基金)、米国、中国の反対で陽の目をみなかった。中国のAIIB設立提案に対しての欧米の対応には、いまや貿易相手として無視できなくなった中国への配慮がにじんでいる。

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設立協定参加表明の57カ国は、ADB(アジア開発銀行)のメンバー国と、数のうえでは、遜色はない。表では、ADBメンバー国とAIIB設立メンバーを比較した。

大きな違いは、日米加がAIIBには参加していないこと。一方、ADBのメンバーではなく、AIIBに参加している国の中で注目すべきは、サウジアラビアを中心とするアラブの湾岸諸国、ブラジル、ロシアである。

中国が提唱した3つの背景

中国がAIIBを提唱している背景は3つある、と推測される。

第一に、米国と米ドル中心の国際金融体制の秩序に挑戦する地位を確立したいという国家戦略がある。

さらに、人民元の国際化の戦略とも呼応している。AIIBは当面、米ドル債で資金調達、米ドルで貸し付けるものの、将来的には人民元債を発行、人民元建てで貸し付けることも構想される。

現在、IMFと世界銀行は、議決権配分や首脳人事で欧米が有利になっている。ADBでは日本が出資比率トップでこれまで歴代総裁ポストを独占している。だからこそ、中国は、AIIBで、世界銀行における米国のような立場を求めている。

中国は同時に、シルクロード基金、BRICSによる「新銀行」の提案も行っているが、これは、新興国内での指導的な立場を確立することを目指している。

中国は構想当初から域内国群と、域外国群に分けると計画してきた。AIIBの出資比率は、域外国群の合計の出資比率を25%に抑え、域外国(欧米)の影響力を薄める狙いだ。

第二に、AIIBが融資するインフラ・プロジェクトを受注するのは中国企業になるのではないか、という推測だ。

つまり、自国の公共事業の輸出のための機関にしようとしているのではないかというもの。GDP比率に占める投資の割合が異常に高いと批判されている中国は、国内から海外に投資を振り向けたい、と考えている。

第三に、AIIBは、中国の「一帯一路」構想の一翼を担う、と考えられる。
周辺国のインフラ整備は、「一帯一路」上の輸送ルートの整備につながる。AIIBからの借り入れ国のみならず、資金の出し手である中国が最大の受益者となるであろう。

中国によるAIIB設立提唱は、政治的にはよいタイミングで行われた。12年に、ADBは、アジアのインフラ需要が、10~20年の11年間で8兆ドルにのぼるとい試算を発表し、インフラ整備に対する関心が高まっていた。AIIBは既存の国際機関の補完になる、と論じることができた。

一方、10年12月にIMF改革で合意された内容では、中国の出資比率は、現状の4%(6位)から、6.39%(日米についで3位)へ上昇することになっている。これを米国議会が批准せずに、4年以上も放置されている。この問題を指摘することで、既存の国際金融体制の中での改革ではなく、新体制をつくるという主張が正当化される。

ガバナンスに3つの問題

では、50カ国も参加する国際機関から、日米だけが取り残されたことは、外交上の失敗なのだろうか。AIIBはその統治に大きな問題があるため、不参加という決断は正しかったと考えられる。

第一の問題は、中国の出資比率が26%でトップとなり、2位以下を大きく引き離すとともに、拒否権を確保した。中国が気に入らないプロジェクトは採用されない。

第二の問題は、融資案件の審査体制である。
世界銀行やADBでは、本部に常駐している「理事会」が大部分の融資案件の審査をしている。これに対し、AIIBでは、理事会が本部に常駐せず、月一度の理事会のため北京にくる、という形になるようだ。

理事が本部に常駐しなければ、情報には限りがあるし、融資案件の審査も、幹部に決定権を委任するものが多くなるため、総裁や幹部の影響力が大きくなる。

理事会が本部に常駐して、融資案件や組織運営全般に関わるというのは、国際機関のガバナンス体制の基本である。AIIBにおいて中国の影響力が大きくなると、中国によって「政治的に利用」される恐れもある。こうした問題は、日本としては、大きな懸念材料だ。

第三の問題は、既存の国際金融機関と融資競争に走り、融資基準などが過度に緩和される可能性があることだ。

世界銀行やADBよりも借り手に有利な条件を提示する「悪い競争」が懸念される。あるいは、リスクの高い案件に貸し込んで焦げ付きを発生させるかもしれない。

世界銀行やADBでは、融資を決めるにあたり環境への影響の配慮、少数民族や低所得層への配慮などの評価が行われる。これが省略されるようだと大きな問題だ。

日本政府のこれまでの立場は、「透明性やガバナンスに懸念があるので状況を見極める」というものだ。とはいえ、いくつかの譲れない具体的条件を明示して改革を迫ることも考えるべきだろう。

中国が拒否権を持つことをやめてもらう、本部には常駐する理事会を置く、運用開始前に透明な「投資ルール」をつくることなどが考えられる。

日本がどのようにAIIBと関わるのか、関わらないのかという問題は、日本の対中戦略からも、今後の国際金融体制をどうするかにおいても重要な課題である。

伊藤隆敏 = 文

この記事は 「Forbes JAPAN No.14 2015年9月号(2015/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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