勝算より必要だからやる
髙橋史好(以下、髙橋):海外向けブランド「TOKYO LOLLIPOP」とフルカスタムだるま「カイシャダルマ」を展開するconconで代表取締役を務めています。私は16歳で起業家になることを決意したのですが、そのきっかけはテレビ番組で、インドに行くと人生が変わるという特集を見たからです。両親ともに先生で、群馬の本当に厳しい家庭に生まれ育ち、しっかり反抗期が長く、15歳の時にテレビを見て「高校生 インド 行き方」で検索。そこで見つけたホームステイプログラムで、インド人の大富豪の家に1年間滞在しました。その家庭のパパは、人生ではじめて見た「社長」。ほぼすべての商談に同席して、「起業家かっこいい」となったのが決意のきっかけです。
当時、パパから言われた一言に後押しされました。それは、地元のモスクで8歳の子どもの姿を見たことによる一言でした。地元のモスクへの参拝時、靴を脱がなければいけないのですが、外国人は履いているいい靴が盗まれてしまうリスクがありました。その子どもは、紐を1本もって外国人の靴を紐でくくって彼ら彼女らが帰るまで見張っているというシンプルな商売を行っていた。「彼こそがアントレプレナーだよ」と言われたんです。その視点をもってインドの街中を歩くと起業家だらけ。その時、時が来るのを待とうとか、足りないものを集めてからやろうではなく、「できないことはない、今やろう」と変わりました。それから、YouTube動画をあげ続け、登録者数20万人、98%がインド人視聴者のチャンネルへと成長し、その事業を21歳で売却して、今の会社を起業しました。
東修平(以下、東):当時最年少の28歳で大阪府・四條畷市の市長となり2期8年務めた後、国政に挑戦して、今はフュージョンエネルギーのスタートアップ、Starlight Engineの副社長 執行役員CSO(最高戦略責任者)を務めています。僕の場合は、大きなきっかけがありました。当時勤めていた外務省時代の上司、そして、父親が時を経ずに立て続けに亡くなりました。「地域から日本を良くしていきたい」と今でも思っていますが、当時は「もっと経験を積んでから」「もっといろんなことを知ってから」と思っていました。ですが、尊敬していた人たちが連続して亡くなった時に「今しかないぞ」と決意しました。当時は、選挙の手伝いもしたことがなく、本当に素人。かつ、相手は「絶対勝てない」といわれていた2期目を目指す現職。一方、僕はインド帰りの無名の28歳(笑)。でも素人だから「本当は選挙ってこうしたほうがいいのではないか」ということを徹底的に行いました。地元の印刷屋さんを利用するのが一般的ですが、ラクスルを利用したり(笑)。「安くて早い」ですからね。そうした素人としての積み重ねが勝利につながったのではないかと思います。


