だからこそ、「検証」がナデラの基準に欠けている言葉なのである。検証されたループは長期的な価値へと複利的に成長する。検証されていないループは隠れた負債を蓄積する。そして両者は、そうでなくなるその瞬間まで、まったく同じに見える。
インセンティブを追え
これを、マイクロソフトが単に自社に都合の良いことを言っているだけだと片付けるのは簡単だ。同社は検証ループのためにゴールドラッシュにおける「つるはしやシャベル」のようなインフラビジネスを展開している。それは、モデルの1つ上のレイヤー、すなわちコンテキストや評価、ワークフロー、企業内でモデルを有用にする組織的記憶に価値が集中する世界から利益を得るビジネスである。
しかし、注目すべきはナデラの主張の背後にある賭け金だ。もしフロンティアラボがAGIに到達し、モデルが仕事を丸呑みするなら、マイクロソフトは受動的な株主以外の何者でもなくなる。ハーネスを売っていた企業は、顧客が中抜きされるその日に同じく中抜きされてしまう。ナデラは、ほぼ誰よりも、自分のテーゼが間違っていることを許容できない立場にある。
マイクロソフトは、自社のレールの上で顧客が自分のループを所有することを望んでいる。フロンティアラボが必要としているのはその逆だ。彼らはモデル単体では防御できない。リチャード・サットンが提唱した「苦い教訓(The Bitter Lesson)」がモデルを真っ先にコモディティ化するからだ。そのため彼らは、防御可能なレイヤーに進出してくる。それは顧客のレイヤーだ。
企業が主権と見なすループは、ラボが次の学習フロンティアと見なすループである。
彼らは、顧客の事業が毎日発する検証シグナルを自社の評価に組み込むだろう。もちろん「顧客のためだ」と言いながら。それを受け入れれば、顧客が構築していると思っていたデータ資本(トークン資本)は、実は彼らのものだったことが判明する。
ナデラは、次の10年の企業がトップの人的資本とトークン資本の両方で動くと正しく指摘している。彼の見立てに欠けているのは、それらがどのように優位性に転換されるかだ。堀はモデルではない。学習ループですらない。それは、企業が自社の名前、バランスシート、将来を賭けるループの部分で、つまり、特定の仕事について世界の誰よりも優れた「検証」を行う能力である。
マイクロソフトをリスクにさらすのと同じ論理が、すべてのナレッジワーカーにまで及ぶ。誰もが、モデルが喜んで吸収するであろう領域の専門知識を持っている。まだ自分のものであるのは、自分なしではモデルができない「検証」だ。今のところは。


