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スポーツ

2026.06.29 12:00

スポーツでの勝利の直後に「街を壊す」人の心理、群衆心理が生む非合理な行動の理由

2026年6月14日、タイムズスクエアで、NBAファイナル勝利後に祝福しながらバスの上によじ登るニューヨーク・ニックスのファンたち(Adam Gray/Getty Images)

2026年6月14日、タイムズスクエアで、NBAファイナル勝利後に祝福しながらバスの上によじ登るニューヨーク・ニックスのファンたち(Adam Gray/Getty Images)

2026年6月13日、ニューヨーク・ニックスが優勝し、53年ぶりにNBA王者となった。サンアントニオ・スパーズを下し、プロスポーツでも最長クラスの優勝から遠ざかっていた期間を終わらせたのである。ほどなくして街は祝賀ムードに包まれた。数万人のファンが通りに押し寄せ、街灯や信号機などの構造物によじ登り、交通を遮り、花火に火をつけ、多くの熱狂的なファンや長年のファンが「自分の目で見ることはないかもしれない」と思っていた瞬間を祝った。

だが残念なことに、別の側面を見せた。ニューヨークでは、車両の破壊、バスへの放火、負傷者、警察との衝突、そして数十人の逮捕があったと報じられた。本来なら集団的な喜びの夜であるべきものが、集団的な破壊の夜にもなってしまった。

多くの人には、この振る舞いが非合理に映るだろう。望んでいた結果を手にした直後に、なぜ人は自分たちの街を壊すのか。その答えは、強烈な祝賀がときに予期せぬ混乱を生む理由を説明する、いくつかの確立された心理学的原理にある。

群衆の一部になるとき

群衆心理で最も研究されてきた概念の1つが「没個性化」である。社会心理学者によれば、没個性化は、個人が集団に没入し、自己意識が低下し、個人的な責任感が薄れるときに生じる。大規模な群衆では匿名性が増し、感情の高ぶりや興奮が最高潮に達し、人は単独では決してしないような行動に及びやすくなる。

自分1人ならバスに登ったり、物を投げたり、器物を損壊したりしない人でも、同じことをする見知らぬ何千人もの歓声に囲まれたとき、感じ方は大きく変わり得る。群衆は個人の責任を消し去るわけではない。だが、責任がどのように「感じられるか」を劇的に変えてしまうことがある。

感情感染の力

感情は驚くほど伝染しやすい。群衆行動に関する研究は長年にわたり、人は周囲の感情や行動をしばしば模倣することを示してきた。興奮、熱狂、多幸感が広がると、祝祭はあっという間にエスカレートする。誰かが街灯によじ登る。次の誰かが続く。そしてさらに10人が続く。

当初は異様に見えることが、周囲の行動から絶えず手がかりを得ることで、急速に「普通のこと」として受け入れられていく。心理学ではこの過程を、感情が集団内を伝播し、集団行動を増幅させる「感情感染」と呼ぶ。

集合的沸騰:喜びが圧倒的になるとき

1世紀以上前、社会学者エミール・デュルケームは、「集合的沸騰」と呼ばれる現象を記述した。この概念は、共通の目的で結びついた大規模な集まりに参加するとき、人々が経験する高揚した情動エネルギーを指す。コンサート、政治集会、宗教儀式、優勝決定戦、歴史的瞬間などで見られる。

人はしばしば、自分という個を超えた存在との一体感を抱く。その体験はきわめて肯定的であり得る一方、抑制を弱めることもある。集合的沸騰の瞬間には、日常の社会的期待に縛られにくくなり、集団の情緒的トーンに沿って行動しようとする動機が強まることがある。

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