かつて私は、数字を誇らしく思いながら取締役会に臨んでいた。
拠点数、売上高、従業員数。あらゆるグラフの線が右肩上がりで、それは私たちが正しいことをしている証拠だと信じていた。その確信が揺らいだのは、プレゼン資料では素晴らしく見える組織の内部に立ち、実際には完全に空洞化していることに気づいたときだった。
チームは疲弊していた。ただし、目に見える形での燃え尽き症候群ではなかった。誰も辞めていない。誰も声高に不満を訴えていない。もっと静かなものだった。皆がより多くの仕事をこなしながら、関心は薄れていた。組織の草創期を特徴づけていたエネルギーは、「ただこなしているだけ」としか言いようのないものに変質していた。私たちは規模を拡大していた。だが、拡大すべきものそのものを失っていたのだ。
この瞬間、私は成長について自分が知っていると思っていたことのすべてを疑い始めた。
私がやっていたこと、そして私の知る多くのリーダーがやっていることは、拡大の最適化に注力しながら、文化は自然と維持されると思い込むことだった。だが、そうはならない。文化は自然にスケールしない。意図的に構築されるか、成長がもたらす新たな行動や規範によって静かに置き換えられるか、そのどちらかである。
兆候は、私がそれを認識する前から現れていた。新入社員が、創業メンバーなら決して聞く必要のなかった質問をした。会議が、かつてはなかった種類の沈黙に包まれた。技術的には正しいが、まったく間違っていると感じる決定が下された。どれも単独では見過ごせるほど些細なことだった。だが、それらは総体として、私がまだ受け入れる準備のできていないことを告げていた。文化はすでに変わり始めていたのに、指標が良好だったために気づかなかったのだ。
指標は、問題が表面化するまで常に良好に見える。私の経験では、文化の問題が数字に現れるのは最後である。
今、私はリーダーたちに異なる測定方法を勧めている。売上高、従業員数、事業範囲は重要だ。だが、それらと並行して別の問いを持つことを勧める。「私たちは、自分たちが築いているものを支えきれているだろうか」という問いだ。たとえば、私たちの業務会議では、担当案件数が過重になっていないかを確認する項目を設けている。
6カ月前に入社した人たちは、創業メンバーが感じていたものを感じているだろうか。リーダーたちは、他のメンバーに求めている行動を自ら実践しているだろうか。この組織が存在する理由についての共通認識はまだあるのか、それともいつの間にか、たまたま同じロゴを共有しているだけの部署の寄せ集めになってしまっていないか。
こうした問いはスライドに載せにくい。だが、今築いているものが長続きするかどうかを教えてくれるのは、まさにこれらの問いなのだ。
スケールは簡単な部分だ。資本がスケールを解決してくれる。資本で買えないのは、明確さ、結束力、そして組織に属する価値を生み出す共通の目的意識である。それは築かなければならない。守らなければならない。そして、福利厚生や文化施策としてではなく、他のすべてを支える土台であるインフラとして扱わなければならない。
私は何年も間違った数字を追いかけていた。本当に問うべきことは、常にもっとシンプルだった。
今、あなたがスケールさせているもので、文化の成長を追い越してしまっているものは何だろうか。
次の成長計画を開く前に、この問いと向き合ってほしい。その答えは、予測数値よりも重要かもしれない。



