なぜ他人の宿題を写すのか
蒸留は一方通行でしか機能しない。まだ存在しないモデルを蒸留することはできない。この技術は定義上、常に後追いである。ある時点のスナップショットのコピーを生み出すが、そのスナップショットが捉えるのは動き続ける標的だ。模倣品が訓練され出荷される頃には、コピー元の研究所はすでに前進している。コピーは常に追いかける側だ。
蒸留には上限もある。他社モデルの出力で訓練されたモデルは、そのモデルの課題を受け継ぎ、めったにそれを上回らない。コピーした対象に近づくことはできるが、コピーによって追い越すことはできない。だからこの技術は、安く距離を詰めるための道具であり、主導権を奪うための手段ではない。
蒸留作戦の実行主体が何を狙ったかを見ればよい。画像生成でも翻訳でもなく、中国のオープンモデルがすでに実質的に競争力を持つコモディティ化したタスクでもない。彼らが狙ったのは、フロンティアのコーディングとエージェント的推論、すなわち先頭を走る研究所と「及第点」の研究所とを分ける2つの能力だった。すでにできることをリバースエンジニアリングするために2880万件の問い合わせを費やす者はいない。標的の選択は、差の大きさを示す地図である。これはリーダーの振る舞いではない。先頭までの距離が、追いつくよりコピーしたほうが安いほど広いときに、俊敏な追随者が取る振る舞いだ。
市場が繰り返す誤り
私たちは、この反射的反応を以前にも見てきた。2025年1月、中国の研究所DeepSeekは安価なオープンモデルを公開し、600万ドル(約9億6600万円。1ドル=161円換算)未満の費用で2カ月で訓練したと主張した。市場はこの公開を、米国のAI優位が消滅した証拠だと読み取った。エヌビディアは1営業日で5890億ドル(約94.83兆円)を失い、その額は市場史上最大の1日の消失額となった。このパニックで、米国のテクノロジー株からは1兆ドル(約161兆円)近くが消えた。
しかし、その筋書きは持ちこたえなかった。効率化は本物だったが、誰も玉座から引きずり下ろされず、推論コストの低下は単にAI需要を前倒ししただけだった。最も打撃を受けた銘柄は、数カ月で過去最高値に戻った。教訓は、中国のモデルが偽物だったということではない。市場が、安価なコピーを「勢力交代」と取り違えたということだ。


