「プラン75」の制度を支える人間として、三人の人物が登場する。市役所の申請窓口係を勤める岡部ヒロム(磯村勇斗)、申請者を電話サポートするコールセンターの成宮瑤子(河合優実)、安楽死後の遺体の点検の仕事に携わる、フィリピンからの出稼ぎ労働者マリア(ステファニ-・アリアン)。この中で心情と行動にもっとも大きな変化が見られるのは、窓口係のヒロムだ。
普段の彼は、「プラン75」の相談に来た高齢者を面談し、”死ぬ相談”を実に和やかに進めている。まるで、スマホ購入の客に応接しているモバイル店舗のスタッフのような雰囲気だ。ヒロムにとってこれは公務員として与えられた仕事に過ぎず、その意味を深くは考えていない。ホームレスを寝かせないためのベンチのデザインについて、何の良心の呵責もなさそうな快活さで業者とやりとりできるのもそのためだ。
ちなみに市役所の内外にある「プラン75」の幟やポスターは、「国家による高齢者の自殺幇助」という内容を淡いグリーンと白を基調にしたデザインの爽やかさで糊塗し、いかにも市民向け広報の風景が演出されている。しかし、ロビーで「あなたの最期のお手伝い」云々と明るく流されているそのPR動画の電源を黙って切る男性や、市役所前で立て看作りの仕事中のヒロムの肩越しに飛んでくるトマトなど、この制度が人々の間に根強い反発を残しているさまも描かれる。一方で、高齢者向けの健康診断に市役所を訪れたミチの仲間たちの口から、「こういうとこ来るのも肩身が狭いね」という言葉が漏れる。
それらの情景から見えてくるのは、高齢者に配慮している形式を取りつつ、遠慮させ、自分たちは社会のお荷物なのだと思わせ、希望を奪い、楽に死ねるなら死なせてもらった方がいいかと諦めさせる、そんなかたちで一人ひとりの内面を支配し、人々の生存のあり方をコントロールしていこうとする生政治だ。
さて、そんな環境で働くヒロムの中に小石が投げ込まれるのは、市役所前の炊き出しに集まった人々の中に、長らく疎遠になっていた叔父の姿を見つけ、彼が「プラン75」の申請者の一人だと知ってからである。叔父の粗末なアパートを訪ね、これまでの話を聞いたり共に台所に立ったりする間、小石はヒロムの心に静かなさざ波を広げていく。叔父と別れる時のヒロムの目にうっすら光る涙で、彼の中に起きた変化が示される。
高齢者の安楽死制度も障害物ベンチも、ヒロムにとっては「市民のために上の方が決めたこと」以上の意味を持っていなかった。よく知っている身近な人物を通して初めて、その効率重視のぞっとするほど冷たいリアリティに向き合わざるを得なくなるのだ。


