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経済・社会

2026.06.29 15:15

オランダの選挙歴戦を制した政治戦略家が語る「ポピュリズムの物語に対抗する究極の処方箋とは何か?」

希望と楽観こそが重要なのは、事実にも表れている。2026年4月、ハンガリーの有権者は16年に及ぶオルバンの支配を終わらせた。2025年のニューヨーク市長予備選では、マムダニが住宅と交通の具体策と楽観主義を掲げ、より潤沢な資金を持つ相手を破った。これらを結ぶのは、状況が希望的になったからではない。どの場面でも共通していたのは、民主主義の側が先手を取り、相手と戦うのではなく前に進む道筋を示すような、信頼に足る物語をもって、議論の土俵そのものを自分たちから設定していた、ということだ。

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「トマスの定理」と呼ばれる社会学の観察がある。「人々がある状況を現実だと定義すれば、それは結果において現実になる」というものだ。ポピュリストの破滅の物語――「国は壊れている、急進的変化だけが救う」――は、この定理の戦略的操作なのだ。多くの人が、制度は機能しないと信じれば、その信念自体が、現実をそう変えてしまう。逆もまた真だ。自由民主主義を信じる我々が、制度を生き延びられないかのように振る舞えば、ポピュリストの仕事を代わりにやっていることになる。破滅の物語を拒むことは、感情ではない。一つの実践的行動だ。

民主的な感情への訴えと、ポピュリストの操作との境界線

——非ポピュリストの政治もシステム1(感情)を使うべきだと、あなたは論じる。だが、正当な感情の訴えと、ポピュリストの感情操作との道徳的な境界線を、どこに引けばよいのだろうか。

単純な条件は、感情に訴えてもよいが、事実の捏造をしてはいけない、ということだ。ポピュリストは怒りを捏造し、民主的な政治家は事実に基づいて訴える。2016年、トランプがメキシコは「殺人犯やレイプ犯」を送り込んでいると語ったとき、彼は脅威を捏造して、システム1の恐怖に向けて訴えていたわけだ。これは操作だ。一方、オランダでは、暴力的なデモを行うトルコ系住民に対して、ルッテ首相が「我々の価値観に適応せず批判する移民は、普通にふるまうか、出ていくべきだ」という公開書簡を主要新聞で発表した。

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だが、この単純な条件だけでは足りない。手強いポピュリストは、本物の不満の上に捏造された物語を築くからだ。本物の住宅難が「移民にお前の家を与えている」にすり替わり、本物の経済停滞が「エリートがお前のものを盗んだ」にすり替わる。コアは真実だが、その周りに築かれた構造は嘘なのだ。

私が共に働いたオランダ首相マルク・ルッテは、この区別を繰り返し、平明な言葉で語っている。民主主義的に正当化されるようなポピュリズムがある。忘れられたと感じている人々に耳を傾け、彼らの不安を認め、真剣に受け止め、恐れを抱いていることを愚かだと切り捨てない、というものだ。そして、間違った種類のポピュリズムがある。少数派を責め、敵を捏造し、勝つために憎悪を煽る、というものだ。耳を傾けることは、民主主義の存在理由そのものだ。スケープゴート探しは、それを破壊するものだ。この区別を選挙戦の渦中で保ち続けるのは、いつも容易とは限らない。だが、それこそが、正当な政治的コミュニケーションと、政治共同体を蝕む営みとを分かつ一線なのだ。

私が頼りにしている実践的なテストが四つある。その訴えは、特定の同胞集団を国の問題の元凶として名指ししていないか。精査に耐えない事実の主張に寄りかかっていないか。妥協の可能性を開くのではなく、断ち切っていないか。そして、台所のテーブルを挟んで実際にその同胞と顔を合わせたなら決して抱かないような感情を、その人に対して抱くよう有権者に求めていないか。このうち一つでも答えが「イエス」なら、あなたは一線を越えている。

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インタビュー=青野 浩 写真=バス・アーリングス提供

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