日本のポピュリズム
──最後に、日本のポピュリズムについての分析を聞きたい。参政党が影響力を広げている。現在の高市政権がポピュリスト政権かどうかも論争がある。参政党をどう見るか。そして、高市政権はポピュリスト政権なのか。
まず断っておくと、私は日本の専門家ではない。そのうえで言えば、参政党は、どの定義に照らしても紛れもなく右翼ポピュリスト政党だ。指導者の神谷宗幣は、「感情に訴えるテーマや、常識を覆す言葉の多くをトランプから学んだ」と公言し、自らこそが日本版トランプに最も近い存在だと述べている。参政党は、ドイツのAfD、フランスの国民連合、英国のリフォームUK、そして米共和党のMAGA派と、公然と歩調を合わせてきた。「日本人ファースト」というレトリック、外国人を脅威として描き出す手法、得体の知れないグローバリストと腐敗したエスタブリッシュメントへの攻撃——私が本で描いたポピュリストの台本のあらゆる要素が、異例なほど分かりやすく出揃っている。
高市政権のほうは、より複雑で、慎重に判断したい。高市首相は、ウィルダースやル・ペンではない。長く政権の座にある党の指導者であり、制度の内側で、別の政党と連立を組んで仕事をしている。民主的な規範を壊すことを掲げてもいない。この点は、はっきり言っておきたい。あからさまなポピュリスト政党と同列に扱うのは、不正確であり、不公平でもあるからだ。より慎重に言えるのは、彼女のプロフィールのいくつかの特徴が、私が本で描くパターンと共鳴している、ということだ。就任当初の七割という支持率。高度に個人化された負託。サッチャー型のリーダーシップとの明示的な自己同一視。以前から存在していた反外国人・反観光のフレームの利用。そして、より強硬な立場を取ることで、参政党へ流れかけた有権者を吸収していること。これらは、淡々と実務をこなすテクノクラート型の首相の姿とは違って見える。むしろ、ポピュリスト的な訴えを、きわめて巧みに使いこなしている指導者の姿に見える。


