「失敗することは怖くない」
ANYBAGはどのように誕生したのか。Alex氏が最初に作ったサンプルは、まだ粗削りで、織り目も均一ではなかった。プラスチックバッグを素材に生地を織ってみたものの、凸凹な布ができた。しかし、その失敗から学び、どうすれば表面を滑らかにできるか、どうすれば生産量を増やせるか、課題を一つずつ解決していった。現在では生地の質も大幅に向上し、滑らかで均整のとれたテキスタイルとなっている。
「まずはやってみる。失敗することは怖くないんだ。僕の子どもにもいつもそう言っているよ」と彼は言う。このシンプルな思考こそが、ANYBAGの起源だ。
彼のバックボーンは、1982年に父親が創業したレザー製品工場「Park Avenue International」だ。マンハッタン・チェルシーの西22丁目(115 West 22nd Street)に今も続く、ニューヨークに現存する数少ない本格的なファクトリーである。皮の裁断から縫製まで一貫して手がけるその職人技を、そのままプラスチック袋のアップサイクルへとスライドさせた。
多くのアパレルブランドが製造拠点を国外へ移すなか、彼らはこのファクトリーにこだわり続け、ローカルの職人への適正な賃金の支払いを守っている。ANYBAGを製造するための手織りプロセスを部分的に自動化する独自のシャトル織機の開発も、「機械に置き換える」ためではなく、増える工程で現地雇用をさらに生み出すためだ。
成功の一因は、家族のような結束力
ANYBAGは、家族の絆とともに育ってきたプロジェクトだ。元々は「Park Avenue International」の工場のいちプロジェクトとして、ANYBAGは生まれた。「これは未来にとって重要なことなんだ」という確信のもと、長年培ってきた職人技をそのままプラスチック袋のアップサイクルへと転換したAlex氏。工場は今日も、レザーとプラスチック袋、二つの素材を同じ職人の手で仕立て続けている。
遡ること2024年9月、ニューヨークで開催されたCOTERIE(東海岸最大のアパレル見本市)の会場で、筆者はAlex氏の家族やチームのメンバーと出会った。全員が情熱と誇りを持ってこのプロジェクトに取り組んでいた。フレンドリーで迅速な対応に感銘を受け、家族のようなチームの結束力がこのブランドを支えていることを実感した。
「現場で作業していると、来客に驚かれることがあります。『君がALEX?』って(笑)」と彼は笑う。彼は常に現場でチームと一緒に汗を流している。その姿勢こそが、ブランドの骨格だ。
日本の知恵がNYのクリエイティビティと交差した瞬間
Alex氏に製作過程についての話を聞き、筆者は「日本には、古い着物などを丁寧に洗い、細いリボン状に裂いて、それをもう一度織り直し、生地にして、新しい製品を仕立てるというコンセプトがあるんですよ」と口にした。
すると彼はすぐに「sakiori ですよね!」と答えた。それも、筆者が説明し終えるか終えないかというタイミングで。ニューヨークの職人が、「裂き織り」という言葉を知っていたのだ。
個人的なことになるが、筆者の母は、晩年、裂き織りに夢中だった。母の母親や叔母(筆者の祖母や大叔母)の着物の生地を細く割いて、手織りで新たな布を作り、そこからコートやベストやストールを仕立てていた。母が遺したそのコートとストールを、筆者は今も大切に着ている。形見として、ではなく単純に、好きだから。そして、着物は着ない筆者だが、祖母の着物を、現代の日常生活の中で、無理なく着ることができている。
古い生地を裂き、織り直して新しい生地を生み出す。捨てるはずだったものに、新しい命を与える。日本で何百年も受け継がれてきたその知恵が、ニューヨークのチェルシーで、プラスチック袋の再生のために生きている。場所も時代も違うのに、同じ発想がここにあった。


