技術の高度化が加速するなか、自社開発だけで変化に対応し続けるのは容易ではない。求められているのは、外部の技術や知見を取り込み、競争力へと転換する視点だ。
産業技術総合研究所(以下、産総研)は、先端技術の研究開発にとどまらず、企業の新規事業創出や価値向上に貢献してきた実績を有する。本連載では、産総研と企業の連携によって、新たな市場の創出や既存の市場拡大がどのように実現され、事業として成果を上げてきたのか。その共創による「社会実装」の裏側を、全7回にわたり紐解く。
多くの企業がオープンイノベーションを成長戦略に据える今、問われているのは、既存の枠組みを超えて異分野の知を掛け合わせる視点だ。本稿が追うのは、産総研が石炭火力という“別の目的”のために積み上げた燃焼研究の知見が、巡り巡って下水処理という畑違いの領域で新たな価値をもち、社会実装に至るまでのプロセスである。ひとつの公的研究機関が時間をかけて蓄えた知が、いかにして企業の現場と結びつき、市場の基準を塗り替えたのか。官民の知が出会う共創の裏側に迫る。
出口を失った研究と、差別化に悩む企業の共創
イノベーションは、最先端の研究室ではなく、思いがけない場所から生まれることがある。
2000年代初頭、関東のとある下水処理場。亜酸化窒素(N2O)の測定装置をセットし終え、夕方まで手持ち無沙汰にしていた産総研 研究者 鈴木善三(現在はOB。以下、鈴木。)に、土木研究所の担当者が尋ねた。
「ここにある汚泥、石炭のように燃やせますか?──つまり、石炭火力で使われている燃焼技術を応用できないでしょうか」
当時、鈴木が専門で研究していたのは、石炭を高圧の空気で燃やす「加圧流動層燃焼」。ただし、その効率が生きるのは火力発電所のような巨大設備で、目の前にある下水汚泥の炉とは規模が桁違いだった。そのため鈴木は「技術的には可能だと思いますが、この規模では意味がないでしょう」と答えた。だが、この何気ない会話が、のちに全国約300基を数える下水汚泥焼却炉の常識を塗り替える技術「過給式流動燃焼システム」の出発点になる。
鈴木が長年取り組んできた「加圧流動層燃焼」は、燃焼によって得られる蒸気だけでなく高温高圧の排ガスも利用し、それぞれがタービンを駆動して発電する高効率な複合発電技術である。この発電方式を採用すれば発電効率は数パーセント向上し、燃料消費量に換算すればその差は極めて大きい。次世代の石炭火力技術として一時は大きな期待を集め、鈴木もその基礎研究に打ち込んでいた。だが、電力会社向けに国内で建設された実機は信頼性や建設コストの壁に阻まれ、表舞台で日の目を浴びる機会を失ってしまう。
ちょうどそのころ、温室効果ガスであるN2Oの排出実態を把握することが国の課題となり、省庁横断のプロジェクトが立ち上がる。燃焼を専門とする鈴木は、化石燃料の燃焼から排出されるN2O量を測る役割が割り当てられた。この任務がほどなく一段落すると、今度は土木研究所が進める下水処理プロセスから発生するN2O調査を手伝うことになり、各地の処理場へ足を運ぶことに。そこで交わした冒頭の立ち話が転機となり、一度は出口を失いかけた加圧流動層(床)燃焼の知見が、下水処理という分野で生かされていく。
もっとも、加圧流動層で物を燃やす設備と知見をもつ研究者は、当時ほとんどいなかった。それは鈴木個人の経験であると同時に、産総研が石炭・バイオマス・廃棄物の燃焼研究を通じて長年積み上げてきた“知の蓄積”そのものだった。何気ない立ち話が転機になり得たのは、この蓄積があったからにほかならない。声をかけられたそのとき、応えられる知を、産総研はすでにもっていたのだ。
時を同じくして、下水汚泥焼却炉を手がける主力メーカーの月島機械(現:月島JFEアクアソリューション)も出口を探していた。下水処理場では、生活排水を浄化する過程で大量の汚泥が発生する。同社はその汚泥を焼却する炉の開発・供給を担ってきた。2000年代初頭、水分を約80%も含む下水汚泥は、炉の底に敷いた砂を空気で吹き上げて“流動”させた高温の砂の中で燃やす「気泡式流動床炉」方式が主流だった。ただし、この焼却には2つの課題があった。ひとつは、大量の砂を流動させ続ける送風に莫大な電力を使うこと。もうひとつは、焼却時にCO2の約300倍の温室効果があるN2Oが出ることだ。
下水汚泥の焼却処分では、下水汚泥はバイオマスとして扱われる。そのため、汚泥を燃焼した際のCO2は温室効果ガスの排出量としてカウントされない。実際に温室効果ガスとして計上されるのは、焼却時に発生する排ガス中のN2Oと補助燃料由来のCO2、焼却で消費する電力の分だ。特にN2O由来の温室効果ガスは、下水道事業で発生する温室効果ガスの約2割も占める。このN2Oは850℃以上の熱で窒素に分解されるが、当時の通常焼却は800℃前後にとどまっていた。
そこで各社が競ったのが、空気の速度を上げて砂を排ガスごと舞い上げ、回収して炉に戻す「循環式流動床」だった。砂と汚泥がよく混ざって炉内の温度を制御しやすく、N2Oの抑制と燃料・電力費の削減が見込めるからだ。当時、月島機械で汚泥焼却炉の研究開発プロジェクトリーダーを務めていた寺腰和由(現:月島環境エンジニアリング。以下、寺腰。)は次のように振り返る。
「我が社も循環式流動床を試していましたが、決定的な優位性は見いだせずにいました。他社と同じことをやっていては生き残れない。そんな危機感を抱えていました」(寺腰)
一度は出口を失いかけた加圧流動層燃焼の研究と、差別化に悩む企業の開発ニーズ。それぞれ単独では解決できなかった課題が、異なる文脈をもつ知見として出会ったことで新たな可能性が生まれた。両者が交わったのが、土木研究所が民間各社を集めて開いた研究会だった。
官民で挑んだ、実装までの10年
2002年、月島機械を含む民間3社、土木研究所、産総研による第1期の研究チームが発足する。チームがまずメスを入れたのは、排ガスでガスタービンを回し、動力回収と発電を行うことだったが、ガスタービンは高額で汚泥焼却炉の規模ではコストが合わない。従来の下水汚泥焼却炉の運転には汚泥燃焼用の空気を供給するファンと、燃焼後の排ガスを誘引するファンが必要だったが、炉全体の電力消費量の実に約40%を占めていた。そこで、消費電力を抑えるために送風ファンをなくし、ガスタービンの代わりにターボチャージャー(過給機)を用いるというアイデアが生まれた。
鈴木は、次のように話す。
「発電はできなくても、動力回収だけできれば十分ではないかという提案でした。調べてみると、船舶用ディーゼルに使うターボチャージャーが、研究会で想定していた下水汚泥焼却炉の規模とちょうどマッチする。プロセス解析を行ったところ、現状の焼却炉よりよいものができそうだという感触も得られました。ただし、汚泥を加圧で燃やした前例はなく、文献を調べても何も出てこない。加圧流動層で物を燃やす設備と経験をもっていたのは産総研だけだったので、『鈴木さんの装置を改造すれば燃やせるのでは』と白羽の矢が立ち、まずは乾燥した汚泥を燃やす実験をすることになりました。
すると問題なく燃え、次に産総研と土木研究所の共同研究の枠組みで実際の脱水汚泥を燃やすための実験用装置をつくって、再度実験したところ、こちらもすんなり燃えたのです。最も危惧していた、汚泥中の灰の溶融は起こりませんでした。また、加圧条件では汚泥から相当量の窒素酸化物(NOx)が出るのではないかという懸念もありましたが、むしろ以前より数値が低くなることもわかりました。これは、N2Oの抑制と大気汚染対策が同時に高いレベルで両立できたことを意味していました」(鈴木)
そもそも、加圧条件下で下水汚泥がどう燃えるのか、それまで世界にデータは存在しなかった。鈴木は石炭燃焼のために用意していた設備を使い、その燃焼特性をひとつずつ明らかにするとともに、同僚の協力により論理的な裏付けを行ったのだ。
プラント開発において、N2OとNOxは一方を抑えれば他方が増えるという、相反する難題として知られる。それを加圧燃焼で同時に解決できたのは、2つの対立する増減がどのように成立するのかを、産総研が燃焼現象の基礎研究から理論的に保証していたからだ。その裏づけがあって初めて月島機械は巨額の投資に踏み切り、ラボから実機へとスケールを上げた。基礎研究の知が企業の投資リスクを下げ、研究を社会実装まで運ぶ。これが、産総研がこのプロジェクトで果たした役割だった。
プロセスの目処は立った。だが、テスト機をスケールアップし、実証を重ねる段階に入ろうという矢先、プロジェクトは存続の危機に直面する。月島機械を除く2社が、それぞれの社内事情で撤退を決めたのだ。
「月島だけ続けて本当に大丈夫なのか、という声は社内からも上がりました。しかし、ここで引き返せば何も残らない。立ち止まってはいけない、と上層部を必死に説得しました。ただ、私たち1社だけでは、どんなに画期的でも世の中に浸透させるのは難しいとも感じていた。そこで、知り合いがいた同業の三機工業さんに声を掛け、賛同してもらえることになりました」(寺腰)
05年、月島機械、三機工業、土木研究所、産総研による第2期の研究が始動。翌06年には、新たにプロジェクトに加わった三機工業の尽力により、北海道・長万部町に、炉から過給機までを組み合わせた処理量5t/日のパイロット実証プラントを建設した。開発資金を確保するため、4社は三機工業をプロジェクトリーダーとして新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成にも挑む。最初の応募は惜しくも落選したが、2度目に採択を勝ち取った。第2期で実証プラントの試験を担った一人が、月島機械の技術者 長沢英和(現:月島JFEアクアソリューション。以下、長沢)だ。
「船舶用ターボチャージャーを大型プラントに転用するなど、世界に前例がありませんでした。特に、ターボチャージャーの前に取り付ける集塵機が難しかった。約650℃の高温のまま排ガスから灰を取り除き、高速で回るターボチャージャーの羽根を灰で摩耗させないようにしなくてはなりません。改良を重ね、耐熱性とフィルターの耐久性を両立する集塵機を自社でつくり上げました」(長沢)
ターボチャージャーの駆動に不可欠な650℃の排ガスを維持しながら、同時に繊細なセラミック製フィルターの損壊を防ぐ──独自の灰抜出機構を、多くの工夫と試行錯誤のなか開発した。産総研の基礎研究が示した加圧燃焼の優位性を実際のインフラに落とし込むには、産総研の知見と月島機械の現場実装力の融合が不可欠だった。
こうした苦闘の末、従来比60%以上の省エネを実現する「過給式流動燃焼システム」は実装にこぎ着ける。送風動力なしで過給機が回り燃焼を続ける自立運転を初めて確認したのは07年。第1期の着手から5年近い歳月が流れていた。
しかし、優れたシステムが完成しても、すぐに採用してくれる自治体は現れなかった。公共インフラの世界は実績がものをいう。全国の自治体を回っても、初号機の受注までに3年を要した。そんななか、最初に手を挙げたのが東京都だった。東京都での採用にあたり共同研究を実施し、「東京都の汚泥を使い、実証と耐久性を確認すること」が必要になった。月島機械と三機工業は貨物コンテナなどを用い、東京から長万部町まで汚泥を輸送し、1カ月の連続運転を2回実施。雪の降りしきる現地でコンテナに詰めた汚泥を取り出し、炉へ送り込む。その受け入れ・搬入は、人の手による作業だった。
11年、研究開始から約10年の歳月を経て、共同開発した「過給式流動燃焼システム」は、東京都・葛西水再生センター向けの初号機受注に結実する。処理量300t/日、国内最大規模。2号機以降も順調に稼働し、当初の計画を大幅に上回る温室効果ガス削減効果を上げている。
また、共同研究をしていた三機工業も東京都・浅川水再生センター、東京都・新河岸水再生センターなどで同様のシステムを稼働させている。
誰もが当たり前に下水道を使用しているその裏側で、このシステムは従来の焼却方式と比較して、稼働に必要なエネルギー消費量を60%以上削減、補助燃料を10%以上削減し、さらにN2Oの排出量も約50%削減することに成功したのだ。
技術は日本全国から世界へ、知見は次世代へ
現在、全国の自治体にある約2200カ所の下水処理場のなかで、下水汚泥焼却炉は約300基が稼働している。月島JFEアクアソリューションは、業界トップクラスのシェアを誇っている。11年以降、新方式の「過給式流動燃焼システム」は先述の東京都や千葉市に加え、大阪府、甲府市、町田市、横須賀市、旭川市など全国の自治体から25基(建設中も含む)を受注。さらに25年5月にはフランスに本社があるSNF Group社とライセンス契約を締結し、「過給式流動燃焼システム」は海を渡り、ヨーロッパでの普及拡大も期待される。
同システムが市場で高く評価された背景には、経営戦略における極めて合理的な着眼点がある。開発当時、多くの企業が既存の「常圧炉」の延長線上で環境規制をクリアしようとしたのに対し、共同開発チームが目指した「高圧環境の実現」は、顧客である自治体が今後数十年にわたり負担するランニングコストの最小化を追求するものだった。ライフサイクル全体の価値に着目したこの着眼は、産総研・土木研究所を含む共同開発チームが、官民で長期の視点を共有できたからこそ生まれたといえるだろう。短期の採算に縛られない公的研究機関と、現場を担う企業。その役割分担が、市場の基準を塗り替える優位性につながっている。加えて同社は日々、システムの品質向上に努めている。
「過給炉の燃焼用空気を供給する仕組みを改良し、N2Oの排出量をさらに削減することが可能となりました。さらに、廃熱発電により、焼却設備で使用する以上の電力を生み出すことで、余剰電力の場内利用や売電が可能になり、省エネだけでなく創エネも実現できます。今後、全国で200基以上の下水汚泥焼却炉が寿命を迎え、新たな設備に切り替える時期が来ます。そうしたなか、より高性能で地球に優しい過給炉を提供することを目指しています」(長沢)
一方の産総研では、鈴木らが築いた流動層の知見が、世代を越えて受け継がれている。後進の研究者たちは、汚泥の“ガス化”という技術の蓄積を、燃やすのではなく燃料をつくる側へと応用し、別の民間企業との共同研究に挑む。ひとつの研究が社会に実装されると、そこで得た知見が次の研究の土台になる。産総研という場では、知が途切れずに次の社会実装へと受け継がれていく。
「若いころから取り組んできた基礎研究から事業化に至るまで、時間はかかりました。私も定年を迎えましたが、こうやって実際のプラントとして稼働しているのを見て、私たちの技術が社会の役に立っていることが実感できました。産総研の研究者として幸せです」(鈴木)
寺腰は、産総研との共創をこう振り返る。
「当初、産総研さんは敷居が高く、民間の私たちには縁遠い存在でした。でも、勇気を出して一歩を踏み出したからこそ、自分たちにはなかった知見を得ることができた。そして何より恵まれていたのは、メンバーの人柄です。だからこそチームワークが生まれ、成功まで到達できたのだと思っています。あきらめなければ、失敗は成立しない。今も、そう思っています」(寺腰)
産総研というプラットフォームの真の価値は、時間軸を超えて知見を蓄積し、それを異分野に接続することで新たな社会実装につなげられる点にある。短期的な収益性(ROI)に縛られがちな民間企業では、市場のトレンドから外れた技術を何十年も維持し続けることは難しく、また未来の確証がない基礎研究に投資し続けることも容易ではない。
しかし、公的研究機関が次の10年、20年を見据えた多様な研究を常に現在進行形で走らせているからこそ、民間企業が新たな壁に直面した際、即座に応えられる知恵の引き出しが存在する。不確実性の高い現代において、知を蓄積した産総研をいかに戦略的に巻き込めるか。激変するグローバル市場を生き抜く日本企業にとって、官民で知を創出し、それを具現化するという共創システムにこそ、変革への重要なヒントが隠されているのかもしれない。
産総研は長年、「流動層技術」の研究開発に取り組んできた。当初は石炭火力発電における高効率燃焼を目的としていたが、その知見は下水汚泥処理向けの「過給式流動燃焼システム」へと応用され、社会実装を実現した。現在はさらに、多様な炭素資源の高効率反応へと研究対象を広げ、新たな技術の社会実装を目指している。産総研は今後も、温室効果ガスの削減や資源・エネルギーの有効活用につながる研究開発を通じて、カーボンニュートラル社会の実現に貢献していく考えだ。
国立研究開発法人産業技術総合研究所
https://www.aist.go.jp/aist_j/business/index.html
産総研25周年スペシャルサイト
https://www.aist.go.jp/sc/25th/
てらこし・かずよし◎月島環境エンジニアリング 取締役副社長 副社長執行役員。2004年ごろから「過給式流動燃焼システム」の開発に携わる。当時の役職は月島機械 環境プラント計画第二部第1グループ グループリーダー。22年4月より現職。
ながさわ・ひでかず◎月島JFEアクアソリューション 技術企画センター 研究開発室室長代理。2004年当時の役職は月島機械 研究開発部 プロジェクトグループ 主事。現在は過給式流動炉の改良開発(焼却灰の焼結対策、N2O削減運転など)に携わる。
すずき・よしぞう◎元・国立研究開発法人産業技術総合研究所 上級主任研究員、2005年当時はエネルギー技術研究部門 クリーンガスグループ長。入所以来、石炭、バイオマス、廃棄物の流動層燃焼、流動層ガス化を中心とした研究に従事し、「過給式流動燃焼システム」開発時には下水汚泥燃焼実験を担当・支援した。



