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アート

2026.06.30 15:00

甲冑1億円の落札が示す「アートの地殻変動」 日本は今、工芸の真価を世界にどう伝えるべきか?

妙心寺・退蔵院の本堂から庭を見る(撮影:著者)

妙心寺・退蔵院の本堂から庭を見る(撮影:著者)

揺らぐ欧米の美術史観、METやV&Aが認めた日本の工芸

今、グローバルアートマーケットで静かな地殻変動が起きています。

長らく欧米の美術史観が「価値の基準」として君臨してきたアートの世界で、その評価軸が少しずつ揺らぎ始めています。アフリカン・アートの再評価、アジア作家の台頭、そして工芸的価値への注目。ニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)では、1月19日から日本の陶芸をテーマにした長期展示「The Infinite Artistry of Japanese Ceramics」が、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)では、4月30日から現代日本の漆芸を特集した「Urushi Now」展が開催されています。

METは単なる大型美術館ではありません。世界のアート史の「正典」を形づくる機関のひとつです。そのMETが日本の陶芸を正面から取り上げ、「陶芸家の独創性と熟練から生まれる日本陶芸の独自性」に光を当てていることは、単なる流行ではありません。日本の工芸が、美術と対等に語られる時代の始まりを示しているように見えます。

この動きは市場にも表れています。金工作家・塩見亮介氏の甲冑作品「Wolf and Armor」は、クリスティーズで下限見積もりの35倍となる約69万8500ドル、日本円で約1億円で落札されました。日本の工芸作家による立体作品が国際市場で高く評価された象徴的な出来事です。

しかし、ここで問うべきは「日本の工芸はいくらで売れるのか」だけではありません。

世界がいま日本の技や芸術に何を見ようとしているのか、ということです。作品そのものなのか。技術なのか。あるいは、その背後にある「価値」なのか。

かつて19世紀のジャポニスムは、浮世絵や漆器を通じて欧米の芸術家に大きな影響を与えました。1960年代には、物質主義への反発から禅や東洋思想に傾倒する動きが生まれました。その延長線上に、スティーブ・ジョブズが禅をAppleのデザイン哲学に昇華させた物語もあります。

では、今回の関心は何が違うのでしょうか。

今、問われているのは、受け手が「どれを選ぶか」ではなく、送り手である日本が「何を提示するか」だと私は考えています。これまで日本は、欧米が設計した評価軸に適応することで存在感を示してきました。しかし、その評価軸自体が揺らいでいる今こそ、日本は自らの内側に根差した価値を言語化し、世界に能動的に発信することが求められているのではないでしょうか。

では、その価値をいかに世界に届けるか。重要なのはモノの解説ではなく、その背後にある思想の言語化です。日本の工芸にあまり馴染みのない方は、それを単なる美しい実用品と捉えるかもしれません。しかし日本の職人の営みには古くから、単にモノを完成させることだけを目的とせず、作るプロセスそのものを通じて自分自身の精神を磨き上げるという「内発的な動機」や「終わりのない自己研鑽」、そして「他者との比較に振り回されない姿勢」が根付いています。こうした日本の職人たちが持つ美意識は、禅が問い続けてきた領域と深く重なっています。

また、アートにとどまらず、シェア拡大や生産性向上など、外的な指標に駆動され、終わりなき資本主義の競争に疲弊するグローバルビジネスに対しても、本質的な問いを投げかける力を持っています。

今回は、臨済宗妙心寺派・退蔵院副住職の松山大耕氏との対話を通じて、この問いを深めていきます。松山氏は東京大学大学院修了後、厳しい修行を経て僧侶となりました。そして、スタンフォード大学での講義やダボス会議への参加を通じて、宗教の枠を超えて世界のトップリーダーたちに禅の思想を伝え続けています。

妙心寺・退蔵院の茶席「大休庵」から庭を見る(撮影:著者)
妙心寺・退蔵院の茶席「大休庵」から庭を見る(撮影:著者)
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文=平岡美由紀

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