20年前にトレンドと決別した「非効率」の勝利
もうひとつ、市場の短期的なトレンドに背を向け、長期的な視点で勝利を収めたのがムロ(Muro)家だ。
今から約20年前、世界的な白ワインの需要低迷を受け、リオハの統制委員会は白ぶどうの抜根を推奨し、農家へ補助金を出す政策を行った。時を同じくして、世界のワイン市場はアメリカの著名な評論家ロバート・パーカー氏が絶賛するような、色が濃く樽香の効いた濃厚な赤ワインばかりを追い求める「パーカリゼーション」の真っただ中にあった。
周囲の農家がこぞって白ぶどうや色の薄い品種を抜き、人気品種として君臨していた黒ぶどうのテンプラニーリョへと植え替えるなか、ムロ家はこれに迎合せず、先祖から受け継いだ白ぶどうや、今では樹齢120年を超える希少なガルナッチャ・グリスの古樹を守り抜いた。時代遅れと笑われようとも伝統を守った彼らの選択は、時を経て日の目を見ることとなる。
現在、世界的なトレンドは「フレッシュで軽やか、土地の個性が生きたワイン」へとシフトし、白ワインと土着の古樹ぶどうの価値が見直されている。ムロ家が守り抜いた古樹から生まれるワインは、今や一朝一夕には手に入らない、圧倒的な競争優位性(コア・コンピタンス)として輝いているのだ。
ワイナリー=銀行の役割を引き受けるリオハ
こうした法律やトレンドとの闘いの背景には、リオハという産地が持つ独特の「資本論」がある。スペイン国内ではクラシックすぎると敬遠されがちな長期熟成ワイン「グラン・レセルバ」だが、前編にも登場した女性母娘がオーナーを務める造り手ルイス・デ・ビニャスプレは、「実はイギリスや中国の市場では絶大な支持を得て売れ続けている」と明かす。なぜか。ここにはフランスの伝統的なビジネスモデルとの決定的な違いがある。
フランスの高級ワイン市場の代名詞ボルドーでは長らく、ワインが樽に入っている段階で先物取引を行う「プリムール」という販売手法が確立されてきた。買い手はまだ瓶詰めされていない完成前のワインにお金を払い、購入後も自らのセラーで何年も寝かせるという「時間と保管のコスト」を自ら負担しなければならない。
対してリオハの伝統的なワイナリーは、自らの広大な地下セラーで何年もの間ワインを寝かせ、莫大なキャッシュフローのリスクを自社で引き受けた上で、飲み頃を迎えた完成品として市場に届けてくれる。いわば、ワイナリー自身が「銀行」の役割を果たしているのだ。近代的な資金効率が優先される現代の市場において、あえてこの在庫リスクを引き受ける独自のビジネスモデルが、旧世界のワインを尊ぶ世界の愛好家たちに高く評価されているのである。


