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2026.07.03 13:00

なぜ優れた企業が「投資対象として最悪」になり得る理由

Nadejda - stock.adobe.com

保有者が限られ期待も低い株には、すでに強制的な売り手がほとんど残っていない場合がある。事業が(たとえ控えめにでも)改善すれば、新規の買い手が価格に強い影響を与え得る。また、偉大な企業はすでにあらゆる投資家が保有している一方、平凡な企業は誰も保有していない、ということも忘れるべきではない。その違いは、事業の質の違い以上に重要になり得る。

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価格規律なき「質」は投資ではない

企業が卓越していると、バリュエーションを「任意」として扱う傾向がある。任意ではない。価格に注意を払うことは、優れたビジネスを避けるという意味ではない。現在のバリュエーションが、どの程度のパフォーマンスをすでに前提としているかを理解するという意味である。

投資家は複数の問いを立てるべきだ。この価格を正当化するには何を達成しなければならないのか。どれだけの成長がすでに織り込まれているのか。利益率が横ばいになったらどうなるのか。誰が株を保有しているのか。その株主が離れる要因は何か。市場は幅広いシナリオを織り込んでいるのか、それとも最良のシナリオだけなのか。

これらの問いは、投資家に質ある企業を敬遠させるためのものではない。質に対して二重に支払うことを防ぐためのものだ。1回目の支払いはバリュエーションである。2回目の支払いは、期待が平常に戻るときに発生する。

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投資機会は「ギャップ」にある

優れた企業は最悪の投資になりうる。現実と期待を比較することで、それを見つけられる。私は質に反対しているのではない。誰もがその事業の卓越性を完全に理解していることを前提にした価格を支払うことに反対しているのだ。機会は、市場が次に何が起こるかを見誤っているときに生まれる。企業が卓越しているか、単に改善しているだけかは関係ない。投資とは市場で最良の企業を見つけることではない。市場が信じていることと、実際に起こりそうなことのギャップが最大のところを見つけることである。

だから質だけでは決して十分ではない。問いは単に「これは目覚ましいビジネスか」ではない。「自分はいくらで買っているのか。市場は何を期待しているのか。そしてここから先、何がどれだけうまくいかなければならないのか」である。

偉大な企業でも、誰もがそれが偉大だと知り尽くしているとき、最悪の投資になりうる。そして平凡な企業でも、ほぼ全員が見限ったとき、並外れた投資になりうる。

forbes.com 原文

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