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テクノロジー

2026.06.26 16:45

テトリス、世界を制した男たちの熱狂――冷戦の壁を穿った日本からの挑戦<VIVATECH 2026>

テトリスを開発したアレクセイ・パジトノフ(左)と、同作を世界的大ヒットへ導いた実業家でありゲームデザイナーのヘンク・ロジャース(中)。右はモデレーターのニューヨーク・タイムズのスプナ・マヘシュワリ

鉄のカーテンと、ゲームデザイナーの魂

モスクワは底冷えしていた。西側諸国からの技術輸出を禁じる「COCOM」規制が敷かれた時代である。完璧な英語を操り、日本からやってきたこの男を、KGB(ソ連国家保安委員会)が見逃すはずがなかった。雇った通訳の女性は、不自然なほどに親切だった。「間違いない。KGBだ」とロジャースは直感した。

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ソ連の外国貿易機関「ELORG」の重い扉。通訳の女性は「観光ビザのあなたは入れない」と制止した。だが、ロジャースは振り返らなかった。「ここまで来て帰れるか」。扉を押し開け、ロビーで兵士の制止を無視し、ただひたすらに面会を要求した。

翌日、案内された部屋には、パジトノフを含む8人の屈強な官僚たちが顔を揃えていた。「お前は誰だ。ここで何をしている」。刺すような視線が男を射抜く。

緊迫した初対面の日、二人は今日の成功を予想していただろうか
緊迫した初対面の日、二人は今日の成功を予想していただろうか

だが、ロジャースが口を開き、ゲームのビジネスについて語り始めた時、場の空気が一変した。ロジャースは単なるビジネスマンではなかった。彼自身もまた、日本でナンバーワンのロールプレイングゲームを生み出した「ゲームデザイナー」だったのだ。

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「当時のソ連にはゲームデザイナーなどという職業は存在しなかった。初めて同じ言語で語り合える同業者に出会い、私の心は完全に溶かされたのだ」。パジトノフは述懐する。

二人は国家の監視をかいくぐり、夜の街で密会を重ねた。鉄のカーテンも、国家間のイデオロギーも、二人の前では無力だった。「世界中のゲーマーは国境など認識しない。国家間の思惑など、我々には関係なかった」。日本のゲーム産業で培われたロジャースの知見と、パジトノフの枯渇することのない創造力が、国境を越えたのだ。

執念の知財防衛と、100年先の未来へ

権利関係の整備は困難を極めた。当時のソ連にはITビジネスにおける著作権など皆無である。だが、パジトノフは機転を利かせていた。かつて出展したコンテストの記録に、独断で「Copyright Alexey Pajitnov」と刻み込んでいたのだ。この一筋の光が、のちの権利交渉における最大の武器となった。

ソ連崩壊後の1995年、権利はついにパジトノフの元へ返還された。両者は武器を置き、「テトリス・カンパニー」を設立した。現在も約10名の精鋭が、厳格なブランド管理を行っている。ロジャースは次世代のクリエイターたちに向け、「自らのIPを守り抜け。さもなくばパブリックドメインに飲み込まれる」と強い警告を発した。

宇宙展開から医療・仮想スポーツへの昇華

テトリスは特異な進化を続けている。任天堂「バーチャルボーイ」向けではかつて、本体の販売台数を上回る15万本以上を売り上げる珍事が起きた。昨年12月には国際宇宙ステーション(ISS)でプレイされた。ドバイでは2000機のドローンで夜空に対戦画面を描き出し、現在は「タイムズスクエアでの展開」を目指している。

テトリスをプレイしたことがあるか、との問いかけに、ほとんどの観衆が手を挙げていた
テトリスをプレイしたことがあるか、との問いかけに、ほとんどの観衆が手を挙げていた

今後の成長戦略として2つの方向性が示された。第一は医療分野への応用であり、プレイが心的外傷後ストレス障害(PTSD)などのトラウマ軽減に寄与することがイギリスの国立衛生研究所などを通じて実証されつつある。第二は「仮想スポーツ」としての定着だ。「1800年代に誕生した野球やサッカーのように、未来へ残る最初の仮想スポーツになる」と語り、プロフェッショナル協会(PTA)の設立やプロ専用版の開発、世界規模のウィークリートーナメントの開催が進められている。

なぜこれほど愛されるのか。パジトノフ氏は「破壊的でなく建設的なゲームであり、特定のキャラクターに感情移入する必要がない抽象性ゆえに、静かに集中できる」と分析し、これが女性層の厚い支持(約半数)にも繋がっていると語る。日本の囲碁に触発され、任天堂という最強のパートナーと世界を制したテトリス。誕生から40年を経た今、単なるゲームの枠を越え、100年先も人類にプレイされ続ける「普遍的なスポーツ」へと飛躍するのか。

物語は、まだまだ終わらない。

文=高杉明

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