へその中には生態系が存在する
へそを巡る物語は、出生後も続く。へそはくぼんでいて、守られており、丁寧に洗われることが滅多にないため、意外なほどに安定したマイクロハビタット(微小生息域)が存在する。そして、そこには驚くべきものが生息していることがわかっている。
生物学者ユリ・ホーサー率いる研究チームは2012年に『PLOS ONE』で、「Belly Button Biodiversity Project(へその生物多様性プロジェクト)」と題した研究の成果を発表した。
この研究では、ボランティア60人のへそから採取したサンプルを、処理能力の高い「ハイスループット16S rRNA遺伝子」解析技術(採取した微生物からDNAを抽出して、細菌が有している16S rRNAを解読する手法)を用いて解析した。その結果、2368の細菌ファイロタイプ(別個の系統型)を確認。そのうちの推定1458は、科学的にいまだ知られていない細菌ファイロタイプという可能性が判明した。たった60人分のへそから、それだけ多くの発見が得られたのだ。
へその中には、これほどの驚くべき多様性が存在していたが、その細菌集団は、決してまとまりを欠いていたわけではない。70%以上の参加者のへそから、わずか8種のファイロタイプが見つかり、これらの支配的な系統は、検出された細菌の全遺伝子配列のおよそ3分の1を占めていた。
その生態は、熱帯雨林のそれと似た様相を呈している。つまり、うまく適応したひと握りの「ジェネラリスト」種が支える環境に、特化型の「スペシャリスト」種が大量に存在しているのだ。
言い換えればへそは、科学者にとっての調査フィールドであり、今なお進化を続けている生物群系(バイオーム)の現場なのだ。もちろん、へそ自体にはもう何の役目もない。血管とのつながりは、はるか昔に絶たれ、ひも状の組織になった。臍帯も胎盤も、もう存在しない。残っているのは、治癒過程を経て独特の形を持つに至った瘢痕組織だ。
しかし、その傷跡には非常に特別な意味がある。へそは、人類が有胎盤類の一員である証しだ。有胎盤類は、今から約2億年前に、子どもを胎児として体内に長くとどめ、免疫的リスクを許容してでも、血管の通った臍帯を通じて栄養を与えるという賭けに出た。そして、繁栄する力を持つ子ども、最終的には、祖先がほとんど住み着こうとしなかった世界でも生き延びる子孫を生み出した。その賭けは、計り知れないほどの見返りを生んだのだ。


