へそはもともと何だったのか
へそを理解するためには、へそがもともと何だったのかを知らなくてはならない。臍帯とは、胎児の生物学において最も精密に設計された構造の1つだ。
臍帯は、妊娠5週目あたりで形成される。胎児の腹部から、胎盤の中心へと伸び、妊娠満期(37週から42週まで)には、長さが平均で50cmから60cmになる。内部の静脈1本と動脈2本は、ワルトン膠質(こうしつ)というゼリー状の結合組織に包まれ、さらにそれを羊膜鞘が囲んでいる。
胎児と母体の血流は、臍帯によって直接つながっていると思われているが、それは誤解だ。実際には臍静脈が、酸素と栄養が豊富に含まれた血液を胎盤から胎児へと運び、2本の臍動脈が、酸素が除去され老廃物を含んだ血液を胎盤に戻している(胎児の心臓から胎盤に向かって血液を送る血管を「動脈」と呼ぶため、臍帯の動脈には静脈血が、静脈には動脈血が流れている)。胎盤は、2種類の血液が決して混ざらないようにしながら、2つの循環系のやりとりを可能にする接点なのだ。
臍帯と胎盤は一体となって、脊椎動物の生物学において最も特殊化した「仮の臓器」の1つを成している。そして、必要とされる期間に限って機能したのち、出生とともにその役目を終える。その後、臍動脈は収縮して退化する。臍帯が切断された根っこの部分は、数日以内に乾き、傷跡が形成される。へそはその名残というわけだ。
へそのある哺乳類と、へそがない哺乳類がいるのはなぜか
哺乳類がみな、へそを持っているわけではない。カモノハシやハリモグラといった、卵を産む哺乳類である「単孔類」にはへそがない。カンガルーやオポッサムといった「有袋類」もまた、同じ意味でのへそは発現しない。有袋類は胎生の哺乳類であり、卵でなく子どもを産むが、妊娠期間は短く、胎盤はあってもごく未発達だ。子どもは、非常に早い段階で未発達のまま生まれ、袋の中で成長していく。へそが残るような、臍帯を介した持続的なつながりは、そもそも形成されない。
へそがあるのは、哺乳類の中でも、胎盤を持つ「有胎盤類(真獣類)」だけだ。そして、へそが存在するに至った直接的な原因は、その特徴的な繁殖戦略にある。2014年に『Advances in Biology』に掲載された論文は、共通の祖先から進化した有胎盤類分岐群全体で、胎盤がどう進化したかをたどり、ほかの哺乳類から根本的にどう枝分かれしたのかを示した。
有胎盤類は、血絨毛性胎盤と呼ばれる、より複雑な構造を進化させてきた。血絨毛性胎盤では、胎児の組織が、母体の血液と直接接触するため、有袋類の胎盤が及ばないほどの栄養と酸素を移行させることができる。その結果、有胎盤類の子どもは、発達がはるかに進んだ状態で出生し、それに伴って生存率も高くなった。
ただし、それと引き換えに、免疫学的な代償を払うことになった。胎児は、母親の免疫系にとっては異質である、父親由来の抗原を発現する。そして、拒絶反応を引き起こすことなく妊娠を継続するためには、精巧な免疫寛容メカニズムを進化させなくてはならなかった。これについては、生殖免疫学の文献で詳しく記述されている。こうした問題を進化が解決したという事実は、生物学的な観点から見て、脊椎動物史における目覚ましい偉業の1つといえるだろう。
その見返りとして得たのは、生態学的な優位性だった。分子系統樹を用いた分岐年代推定(ゲノムの塩基配列やアミノ酸配列における変異の蓄積ペースを基に、共通の祖先から枝分かれした時期を推定する手法)によると、胎盤を持つ真獣類(有胎盤類および絶滅したその近縁種を含む分類群)の起源はおよそ1億9000万年前だ。その後、6600万年前に非鳥類型恐竜が絶滅すると、有胎盤類は爆発的な勢いで多様化した。
有胎盤類は現在、4000を超える種で構成され、地球上のほぼすべての陸地と水生生息地で暮らしている。胎盤のおかげで妊娠期間が延びたため、代謝に負担がかかる大きな脳を支えられるようになった。へそは控えめな姿をしているが、人間の優れた認知力を成り立たせている不可欠な存在といっても過言ではない。


