農家の自家用酒から「ガストロノミーの酒」へ
美食の洗練とともに、バスクのローカルワイン、チャコリも変貌を遂げている。チャコリとは、バスク地方の土着品種から造られる地酒だ。かつては緑豊かな山間部に点在する「カセリオ(伝統的な石造りの自給自足型農家)」において、農家が自家消費用に造る素朴な飲み物に過ぎなかった。ほとんどが、アルコール度数が低めで酸味のきいた微発泡の白ワインだ。
バスクのバルでは、高い位置からグラスにチャコリを注ぐ姿が風物詩となっている。このエスカンシアという派手な注ぎ方は、実は隣接するアストゥリアス地方のシードルの注ぎ方を模倣して始まったものだ。かつて香りが乏しかった当時のチャコリの香りを開かせ、同時にパフォーマンスとして場を盛り上げるためでもあったという。
しかし現代のチャコリの進化は著しい。醸造技術の向上とスタイルの多様化が進み、ニューヨークをはじめ世界のファインダイニングで提供される高品質ワインへと変貌している。
チャコリ最大の産地は、前述したエルカノの故郷でもあるゲタリア。サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す巡礼者たちが歩く、海沿いの町だ。
大西洋の海風が吹き抜ける段々畑を持つタライベリ(Talai Berri)に対し、1860年創業の老舗アメストイ(Ameztoi)では、近年の猛暑や激しいゲリラ豪雨から果実を守る気候変動対策として、伝統的な棚仕立てに完全回帰し、葉の屋根で畑を美しく覆っている。
海沿いの異なるアプローチを持つ両ワイナリーだが、共通して徹底した温度管理のもと、発酵終盤にタンクを密閉することで炭酸ガスを自然に液体に閉じ込めていく。このチリチリとした独特の微発泡は、バスク語で「Tximparta(チンパルタ)」と呼ばれている。
一方で、海と山に囲まれた自然保護区に位置するビスカヤ地区のイチャスメンディ(Itsasmendi)は、従来のチャコリのイメージを覆すパイオニアだ。2000年代初頭から「ガストロノミーにも合うチャコリを造りたい」と、泡のない長期熟成向きのチャコリに挑戦し、周りから「クレイジーだ」と言われ続けた歴史を持つ。
彼らの挑戦は、白ワインの熟成にとどまらない。極めて珍しい赤やロゼのほか、卵形コンクリートやアンフォラ、地元産の黒大理石の特注タンクを用いた実験的な熟成にも取り組む。さらに、失われていた伝統的な細胞内発酵に挑んだ「Bat Berri(バット・ベリー)」など、既成概念を打ち破るポートフォリオを展開しているのだ。これらは地元の石材といった「バスクの土地そのもの」を、ワインのゆりかごとして取り入れようとする彼らの哲学の現れである。
どのワインにも共通して感じられるのは、ほのかな塩味、いわばカンタブリア海の潮風。ブドウの品種特性にとどまらず、海や山、そこに自生するハーブや植生、さらには地元の素材も含めたバスクの風景そのものをグラスに表現しようとする彼らのテロワール哲学が、はっきりと感じられた。


