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リーダーシップ

2026.06.24 15:08

優れたリーダーは「手放す時」を知っている

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私が学んだリーダーシップの教訓の中でも、とりわけ難しいものの1つは、職場の外で得たものだった。

母親になろうとする中で、私は何年も、自分の覚悟が試されているのか、それともまったく別の道へと押し出されているのかを問い続けた。

不妊治療はうまくいかなかった。養子縁組のプロセスは想像以上に長引いた。比較的スムーズに進むはずだと考えていた道のりは、遅延と後退、失望の連続になった。粘り強さはレジリエンスなのか、それとも現実を受け入れられずにいるだけなのかと自問した瞬間が何度もあった。

いま振り返ると、その経験は、レジリエンス、判断、そしてリーダーシップについての私の考え方を根底から形づくったのだとわかる。リーダーとして、私たちは忍耐することを教えられる。困難を押し切る粘り強さ、決意、やり抜く力を称賛する。

しかしリーダーシップには判断も求められる。そして最も難しい判断の1つが、努力を続けることが価値を生んでいるのか、それともただ現実を先延ばしにしているだけなのかを見極めることだ。

内側から見ると、レジリエンスと拙い判断は驚くほど似て見える。すべてのビジネスチャンスを救うことはできない。すべての関係を修復することはできない。もはや存在しない整合を無理に生み出すことはできない。

私はいまでも、そのことに苦しむ。

もっと努力すべきなのか、それとも間違った方向にエネルギーを投じているのかを、どうやって見分ければよいのか。完璧な公式があるとは思わないが、私が学んだいくつかのことを挙げたい。

修復できないこともある

人間である以上、誰もが間違いを犯す。

謝罪することもできる。意思決定を見直すこともできる。状況を改善しようと時間とエネルギーを注ぐこともできる。しかし、埋められないほど隔たりが大きい場合もある。

キャリアの初期、私は、文化、ジェンダー期待、社会的地位の違いが障壁となり、乗り越えられない相手と働いたことがある。私たちはコーチングの対話に投資し、コミュニケーションと信頼を改善しようと繰り返し試みた。

やがて、その人物は別のコーチのもとへと再配置された。当時、私はそれを個人的に受け止めた。失敗だと感じ、自分が十分に努力しなかった証拠だと捉えたのだ。

時間が経つにつれ、私はそれを別の形で理解するようになった。

リーダーシップとは、あらゆる状況で無理やり整合させる能力ではない。人が成功するには、異なるアプローチ、異なる関係、あるいは異なる環境が必要なこともある。違いの中には解決すべき問題ではなく、認識すべき現実であるものもある。

それを受け入れることは、努力をやめるという意味ではない。努力だけでは、深く根づいた違いを常に乗り越えられるわけではないと認めることを意味する。

失敗から学ぶことは重要だが、それを自分のアイデンティティにしてはならない

何かがうまくいかないと、それを自分の内側に取り込みやすい。

とりわけパーパス主導型の組織では、仕事が個人的なものに感じられるため、後退はリーダーとしての自分の価値の反映のように感じられ始めることがある。

情熱とコミットメントは重要なリーダーシップ資質である。しかし同時に、状況がもはや生産的ではないと認めることを難しくもする。深く気にかけるほど、判断と感情を切り離すことが難しくなる。

私は、感情ではなく事実に立ち戻ることを学ばなければならなかった。

自分は間違えたのか。何を違うやり方でできたのか。自分のコントロール外だったことは何か。前に進む道がまだあるから続けているのか。

これらは建設的な問いである。しかし自己省察が自己破壊に変われば、有用ではなくなる。

自分に説明責任を課すことは重要である。同じくらい重要なのは、自分を責めすぎて、次に決断的に行動する自信を失わないことだ。

難しい会話は、リーダーになると感じ方が変わる

私は対立が好きではない。

難しい会話に臨むための心の準備には、多大な労力を要する。頭の中で場面を反復し、相手の反応を想像し、トーンを間違えるのではないかと心配する。

時間が経つにつれ、私は重要なことに気づいた。リーダーである私は、相手が私の反応を気にする以上に、相手の反応を気にしていることが多いのだ。それが力学と準備を変える。

難しい会話を避けても、チームが守られることはほとんどない。むしろ、明確さを先延ばしにし、関係者全員の不満を長引かせることのほうが多いと私は感じている。

ときにリーダーシップとは、希望的観測で人を誤導するよりも、誠実に失望させることを厭わない姿勢を意味する。フィードバックを贈り物として扱っても会話が楽になるわけではないが、その優先順位の捉え方を、関係者全員にとって変えうる。

手放すことは、余白を生む

私が学んだ中で最も意外だった教訓の1つは、手放すことが勢いを生みうるということだ。誤った機会、誤った構造、あるいは合わないものに長くしがみつくと、組織からも自分自身からもエネルギーが奪われる。その結果、チームがより長期的な可能性をもつ仕事に集中できなくなることがある。

私はクライアントとの関係でも同じことを学んだ。適切な相手ではない場合にクライアントを手放すのは、その瞬間には居心地が悪い。特に、関係を成立させようと時間とエネルギーを投じてきたならなおさらだ。しかし多くの場合、それは双方の緊張を和らげる。合わない関係は、両組織が別の場所でより強い整合を見いだすことを妨げる。

パートナーシップや戦略、さらには組織内の役割についても同様だと私は感じている。手放すことは、新しいアイデア、より強い整合、より健全な関係のための余白を生む。チームが、より大きなインパクトの可能性をもつ仕事へとエネルギーを振り向けることを可能にする。

それで意思決定が簡単になるわけではない。だが必要になるのだ。

なぜこれが重要なのか

利用可能なデータ量が増えているにもかかわらず、環境、地政学、テクノロジーの変化を予測する力が弱いまま、リーダーがより速い意思決定を迫られていると感じられる時代に、私たちは直面している。組織は、かつてよりも迅速に方向転換を求められることが多い。

そこには難しい緊張が生まれる。硬直化せずにレジリエンスを保つにはどうすればよいのか。道がもはや機能していないと認識しながら、ビジョンへのコミットメントを保つにはどうすればよいのか。

アイデア、戦略、関係、あるいは前提を手放す能力は、ますます重要になっている。リーダーは簡単に諦めるべきだと言いたいのではない。ただ、誤った方向への執着を続けるコストが上がっているのだ。

直せないものもある。

すべての機会が実を結ぶようにできているわけではない。

手放すことは、レジリエンスの反対ではない。ときにそれは、レジリエンスの最も明確な表れである。

forbes.com 原文

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