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AI

2026.06.24 10:50

生成AI時代、最後に残る競争優位は「センス」である

stock.adobe.com

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テクノロジストが約束し、アーティストが恐れた瞬間が、いま現実になった。生成AIは楽曲を書き、歌い、いくつかのプロンプトを打ち込むだけで、そのミュージックビデオまで制作できる。音楽制作のコストはほぼゼロにまで崩壊した。これは、20年以上前にNapsterやLimewireといったP2P音楽サービスの登場で消費コストがほぼゼロになったことと同様である。誰もが何でもつくれるなら、「つくる」行為はもはや希少ではない──まして神聖でもない。希少になり、したがって本質的に価値を増すのは、そもそも何が「つくる価値があり」「消費する価値がある」のかを見極める力である。つまり、AIが支配する未来に必要なのはクリエイターではなく、むしろキュレーターなのかもしれない。

キュレーターは、人々が周囲の世界をどう体験し、理解し、意味を見いだすかを導くために文脈を構築する。何が何と一緒にあるべきか、なぜそうなのかを、意図的で意味のある選択として決めていく。「世話をする」「気にかける」を意味するラテン語の動詞curareに由来するキュレーターとは、本質的に文化の管理人であり、オフラインとオンラインの双方で特別な関係性を取り結ぶ役割を担う。このことを誰より理解しているのが、フィラデルフィアを拠点とするThey Have The Rangeの創設者、ブランフォード・ジョーンズだ。彼が率いるのは、声のパフォーマンスという芸術に捧げられた、ソーシャルウェブ全体で150万人超が集うコミュニティである。

約10年にわたり、ジョーンズはインターネット上で最高峰の「シンガーのショーケース」を築いてきた。彼のプラットフォームでは、故リチャード・スモールウッドによるゴスペルの傑作「Total Praise」を母語で歌うアジアの合唱団と、R&Bシンガーのサマー・ウォーカーの曲を車内で絶唱するティーンエイジャーが、同じステージを共有できる。道中でオンライン上の「ボーカル・チャレンジ」ミームを事実上確立し、キャリアの立ち上げを後押しし、レガシーアーティストを再評価へ導き、音楽業界の幹部の一部にとっては密かに「1人A&R部門」のような存在にもなった。ジョーンズはインタビューでこう語った。「ほとんどエコシステムをつくったようなものだ。歌に投資したい人は、みんな僕のページを通ることになる」

ジョーンズが持つものは、どれほど計算資源やAIトークンを投じようとも、アルゴリズムでは再現できない。彼にはセンスがある。そして研究によれば、そのセンスは資本の一形態である。

私はジョーンズに、彼のキュレーションのプロセス──正しいアーティスト、正しい曲、正しいチャレンジをどう見極めるのか──を説明してほしいと頼んだ。返ってきた答えは拍子抜けするほどシンプルだった。「ただ自分のセンス、好きかどうかに基づいている。人気があるから、でやることはない」。直感に聞こえるそれは、実は親密さである。微細な違いを聴き分ける能力は、文化への近さの表れだ。ジョーンズが分かるのは、そこに「近い」からである。

社会学者ピエール・ブルデューは1979年の重要作『ディスタンクシオン:趣味判断の社会学批判』で、私たちの嗜好──愛する音楽、食べるもの、身にまとう服──は、人格の自発的な表現ではなく、社会的に生産されたシグナルであり、教育、育ち、社会的背景、さらには階級までを黙って発信すると論じた。ブルデューはこれを文化資本と呼んだ。文化資本とは、地位と優位性をもたらす非金融資産──知識、技能、感受性──である。この枠組みにおいて、センスはダウンロードできる民主的スキルではない。没入によって、近さによって、特定の領域との長年の親密さによって獲得されねばならない。They Have The Rangeが際立つのは、ジョーンズがそのセンスを備えているからだ。

そもそも彼は、ジャズサックス奏者ブランフォード・マルサリスにちなんで名付けられている。彼に選択の余地などあるのだろうか。母はピアノを弾き、父はベースとギターを弾いた。教会で育ち、3歳で初めてソロを歌った。ブログ時代に育ち、CDを焼いて5ドルで売り、私たちがそれがコーディングだと知るより前にMySpaceのプロフィールを作り込んでいた。テンプル大学(私の母校でもある)で音楽マーケティングを学んだ(Go Owls!)。2016年にThey Have The Rangeを立ち上げた時、彼は当てずっぽうで動いていたのではない。これは、ブルデューが言う身体化された文化資本が数十年かけて積み重なった成果だった。ジョーンズは、積み重ねてきた者の確信をもってこう言う。「AIは、僕がやっていることは絶対にできない。やろうとすることはできる。でも、僕がやっている『それ』にはなれない」

AI伝道者が見落とし続けているのは、この違いである。アルゴリズムもキュレーションはする──しかしそれは関心と人気に基づき、集計された行動を最適化している。真の意味で、人気を生み出すエンジンであり、パーソナライズを装っているにすぎない。だが人気と文化は別物だ。人気とは「知られている度合い」である。文化とは「意味が生み出される仕組み」である。ゆえに文化的キュレーションは、広く行き渡っているかどうかではなく、意味があるかどうかの問題になる。この点で、They Have The Rangeという名称は、ジョーンズのプラットフォームにふさわしい呼び名でもある。

「the range」という言葉は、2000年代初頭の英国のスケッチコメディ番組『Little Britain』の一場面に触発された2016年のインターネットミームに由来する。その場面で、インタビュアーが有名歌手を演じる俳優に別の有名歌手の才能について尋ねると、俳優は「ティナは好きだけど、あの人にはレンジがない」と答える。このシーンが約10年後にオンラインで再浮上すると、ネットユーザーはこのフレーズを、音楽的に優れている者(レンジがある)とそうでない者を区別するために使い、人気の有無にかかわらず後者を切り捨てた。

この区別には、センスという「分かる力」が必要だ。ジョーンズは蔓延度で選別しない。意味を聴き取る──あるいは、彼を育てた神学的伝統の言葉を借りれば、アノインティング(すなわち神の祝福)を聴く。そして彼の言葉で言えば、「あるか、ないかだ」。

さらに言えば、センスが必要とする「近さ」はごまかせない。持っているか、持っていないか(あるいは、それを得るために努力するか)である。したがって、機械が生み出すコンテンツでますます溢れる市場では、センスが希少なスキルセットになるだろう──創作よりキュレーションである。その兆しは、NPRのTiny Deskコンサートのようなフォーマットにもすでに見られる。Tiny Deskは、アーティストが編成を削ぎ落としたバンドでライブ演奏するパフォーマンスシリーズだ。そのキュレーションは、Spotifyの再生数やInstagramのフォロワー数を選定基準にしない。権威の根拠はすべて、NPRのキュレーションの視点、センスにある。ジョーンズとThey Have The Rangeも同じだ。

尽きることのないコンテンツ供給のなかで、アルゴリズムが選別するのを理解し、ひいては打ち負かそうとする競争が続く一方で、クオンツたちは社会的証明の影響力に基づいて「何を聴くべきか」を告げてくる。だが文化的キュレーションが提供するのは、識別に基づく約束である。前者が依拠するのは熱狂であり、後者が依拠するのは信頼だ。そして私が思うに、この信頼(あるいはその欠如)こそが、どれほど多くの人が消費していようとも、粗悪なコンテンツへの致命傷になる。私たちが信頼するのは人であり、私たちの仲間である。ジョーンズは、彼のセンスを信頼する人々のコミュニティを育ててきた。彼は自分がしていることの「公式」を語れないし、それこそが要点である。公式化できないのだ。人間的だからである。どれほど高度になろうと、どれほど巨大になろうと、どんなモデルも人間経験のニュアンスを真に理解することはできない。そしてジョーンズが賭けているのは、まさにそこなのだ。

forbes.com 原文

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