社員は、その局面に見合う実質があるコミュニケーションを信頼する。機密の詳細をすべて必要としているわけではないし、法務・商業上・個人的な制約によって共有できる範囲が限られることも多くの人は理解している。必要なのは、リーダーが磨き上げられた言い回しの背後に隠れていない、という感覚である。
信頼性のあるメッセージは、例えばこう言うだろう。「組織再編について疑問があることは承知している。最終決定はまだだが、見直し対象は顧客オペレーションと地域サポートだ。次の段階は金曜日までに確認できる見込みである。個別の役割についてはまだ話せないが、決定を伝える前に判断基準は説明する」
この種のメッセージは不安を消し去るとは限らない。あらゆる会話を止めることも難しい。だが、社員に確かな足場を与える。何が分かっていて、何が分かっておらず、次の情報がいつ来るのかを示す。そして同じくらい重要なのは、社員を大人として扱う点である。
噂話は非公式な「意味づけ」であることが多い
噂話は評判が悪い。しかも、それに値する場合が多い。時に残酷で不公平であり、個人の評判を理不尽におとしめることもある。だが組織において非公式な会話には別の機能もある。曖昧さの意味を整理する助けになるのだ。
社員が「何が起きているのか」を私的に話すとき、それは必ずしもリーダーシップを損なおうとしているわけではない。解釈を試しているのである。他の人も同じ兆候を見たのか確かめている。まだ見えない意思決定の影響を受ける不快さを減らそうとしている。
だからリーダーは、すべての噂を不忠と見なすことに慎重であるべきだ。噂は、人々の不安や混乱、あるいは説明への不信感を示すサインになりうる。公式ストーリーが薄すぎる箇所を示すこともある。
危険なのは、非公式な意味づけがすぐに逸れていく点だ。可能性が予測になる。予測が「誰もが知っていること」になる。又聞きの詳細が、繰り返されるたびに確信めいていく。週末には、噂は推測というより組織の記憶のように感じられることさえある。たとえ発端を誰も辿れなくても、である。
リーダーが問うべきは「誰が始めたのか」だけではない。「なぜこの話が役に立ったのか」である。
リーダーは止めたい噂を自ら強めてしまうことがある
多くの噂は、抑えようとする行動によってむしろ強化される。リーダーは、すべての言葉が承認されるまで発信を遅らせる。メッセージが届く頃には、社員はすでに自分たちなりの説明を構築している。リーダーは慎重な企業言語を使う。社員は距離を感じる。パニックを避けるため不確実性に名前を与えることを避ける。社員はその回避を「隠すものがある」確証として解釈する。
また、リーダーが「見えている」と思っているものと、社員が実際に気づいているものの間には、よくズレがある。誰が突然会議に呼ばれ始めたかは見られている。上級者が定例の場に出なくなることも見られている。退職が温かい言葉で発表されるのに説明がないことも見られている。リーダーが「通常運転だ」と言い続けながら、行動はそうではないことも見られている。


