国が頼れなくなったとき、人は助け合えるのか
三牧:アメリカでは、官僚や公的部門が非常にネガティブに語られるようになっています。
イーロン・マスクが主導して政府効率化の名のもとに連邦政府へ斬り込んだときも、官僚は民意を経ずに国家を裏側から動かす「ディープステート」で、国民を搾取しているのだという言説が広がりました。実態は、むしろマスクらのような超富裕層が搾取している側なのですが。
象徴的だったのはUSAID、アメリカ国際開発庁をめぐる動きです。トランプ政権は2025年にUSAIDの多くの事業を停止・削減し、残る機能を国務省へ移管しました。2026年には国務省の下に新たな災害・人道支援部局が設けられましたが、予算も人員も大幅に絞られ、支援対象もアメリカの国益、同盟国・戦略的パートナーに関わる危機へ選別されるようになっています。
もちろん、官僚制には非効率もあるでしょう。しかし、現場には支援を止めたら本当に人が死んでしまうような場所で働く人たちがいる。政府の機能が削られても、そこで踏みとどまっている。パブリックサーバント、つまり公に仕える人たちががんばっているのです。
真山:官僚や公的な仕事を一括りにして悪者にするのは危ういですね。
三牧:危ういと思います。いまのアメリカでは、国家や公的部門そのものが強く批判されています。マスクのような億万長者は、そもそも国家に頼る必要がない。だから国家のあり方にまで口を出して、「こんな弱者救済の予算はいらない」と、ざくざくカットしていくわけです。
マスクは「弱者は共感を利用して、強者につけこんでくる」「共感は敵だ」と言い放ち、人道支援予算に加え、低所得者向けの医療保険など、給付金の大々的なカットを主張しました。昨年5月末、マスクは「特別政府職員」の任務を終えてDOGEからも離れることになりましたが、支出削減の大きな方向性は、同年7月に成立した税制・歳出法案にも刻まれました。富裕層の減税の財源のために、低所得者層向けの医療や食糧支援が大々的にカットされたのです。
もっとも、トランプ政治への反動として、公共に仕えることを肯定する動きも出てきていることもアメリカのダイナミズムです。
昨年11月、そもそもは1%程度の支持率からの大逆転でニューヨーク市長に選出されたゾーラン・マムダニは、「ニューヨーク市長として、ニューヨーク市民のために尽くす」と誇らしげに語ります。長い冷戦もあり、「社会主義」がタブー視されてきたアメリカにあって、彼は「民主社会主義者」であると公言し、住居や公共交通、保育、食料品といったくらしの問題を正面から争点にしてきた人物です。自分の富や成功ではなく、自分はこの街の人たちに仕える存在なのだと語る。そこに、いまのアメリカで求められているものが表れています。
マムダニは自身の政策の財源として富裕税を想定しています。いまのアメリカの税制は確かに富裕層に恩恵が大きすぎる。富裕層にフェアな負担を課すことは重要です。他方、こうした政治に対しては右派側から、「リベラルは、社会問題の解決において国家や政府に頼りすぎる」との批判が出ています。
国家が機能しなくなったとき、人はどう生きるのか。その答えがないのではないか、と。だから最近、アメリカでも自助やコミュニティ、規律のようなものが見直されている。


