真山:はい。そうすると、財政破綻とは、数字の話ではなく、「今日の食べものをどうするのか」という話になりますよね。
私は小説を執筆する際、綿密な取材をします。ノンフィクションを書けそうなくらい材料を集めて、そこからジャンプして物語を立ち上げます。ベースはあくまでも現実です。現実では、いろいろな人が「選択」した結果の「偶然」が重なって、ある1つの結果が起きる。選択の前には、「イフ」や「分岐点」が複数あったはずですが、結果である現実は1つです。ところが今の日本人は、現実を、「イフ」があってそれらが「分岐」した結果、今があるとは思わずに、「もともとこういうものだ」と諦めて受け入れてしまっている。
小説の役割は、この大事な分岐点をたとえば右に曲がると別の社会がある、と見せて、受け身の読者の目を覚ますことにもあります。逆に言えば、たまたまこっちを選択したからこういう現実、結末になったが、あっちに曲がればもっと悲惨だった、ということも示せる。「イフ」や「分岐点における選択」に自分たちが参加できる可能性に気づいてほしいのです。
そしてその「分岐」に至るまでの物語をリアルに描き出すには、ベースとなる現実を知ることが重要。だから、徹底的に取材します。
たとえば日本の財政に関しては、破綻したら何が起きるのか、食料や燃料や物流がどうなるのかというところまでは、専門家に取材すればある程度は書けます。しかしそれだけでは、「こんなひどいことが起きます」で終わる、“絶望”を示すだけの小説になってしまう。そうではなく、財政破綻したときに、例えば生活物資をどうやって配給するのか。人々が助け合う小さなコミュニティ、寄り合いをどのように作るのか。そういった若者たちの動きと、国家の側で何とか諸外国と交渉しようとする官僚たちを、重層的に描くつもりです。
三牧:若者たちが活躍するんですね。『オペレーションZ』作中小説の『デフォルトピア』の最後では、財務官僚の大須が、極限状態の日本にあって、「国家を支える公僕」として祖国を捨てない選択をしました。大須は『拡大版デフォルトピア』にも登場しますか?
真山:はい、大須は登場します。ただ、彼はヒーローではありません。今回のヒーローは、おそらく多くの人が普通の人だと考えるような、地方の若者たちになりそうです。


