価格低下が企業と家計の行動を変えた
重要なのは、この価格低下が一時的な競争ではなく、構造として定着した点にある。グローバルな供給網の統合によって、生産効率は飛躍的に向上し、価格は持続的に低下した。これが日本企業の行動を規定し、売り上げが伸びない中で利益を確保するという経営スタイルを固定化させた。
この構図は企業にとどまらない。
消費者は価格低下を前提として行動し、賃金は上がらず、結果として需要も拡大しない。企業は投資を抑制し、個人は現金を選好する。この循環が長期にわたって続いたことで、日本経済は他国とは異なる独自の均衡状態に入ったのである。
一方で、同じ期間にアメリカは安定的なインフレを維持した。年率2〜3%の価格上昇は、名目成長と企業投資を支え、資本市場の拡大を促した。日本とアメリカの差は、競争力ではなく、価格形成の前提そのものにあったといえる。
しかし、この前提はすでに崩れ始めている。コロナ禍と地政学リスクを契機として、グローバルな供給網は分断され、これまで機能していた低コスト供給の仕組みは揺らいだ。結果として、世界は再び価格上昇圧力を受ける構造へと移行している。
ここで重要なのは、日本だけがインフレになったのではないという点だ。世界全体がインフレ環境に移行する中で、これまで例外的であった日本のデフレが終わりを迎えたのである。
つまり、冒頭で述べた通り、日本のデフレは特殊な国内事情の産物ではなく、過去30年の特殊な状態が正常に戻る過程にあると捉えるべきである。
この視点に立つと、今後の変化も読み解きやすくなる。価格が上がらないことを前提に構築されてきた企業行動、賃金構造、資産配分は、すべて見直しを迫られる。これは単なる景気回復ではなく、経済の前提条件が入れ替わる局面である。
日本のデフレは偶然ではなかった。同時に、その終焉もまた偶然ではない。世界の構造が変わったとき、日本の経済も必然的に変化する。いま起きているのは、その帰結にほかならない。


