また、リザーヴワインの管理方法にも驚かされた。通常、多くのメゾンではリザーヴワインを大型タンクで保管する。
しかし「ボランジェ」はヴィンテージやクリュ(畑)ごとに分けた一部のリザーヴワインを1.5Lのマグナムボトルに詰め、コルク栓をして地下セラーで5〜15年もの間熟成させるという。これは膨大なスペースが必要になるうえ、管理にも手間がかかる。決して効率的な方法ではないが、彼らはなぜ続けているのだろう? その答えを、グラスのなかに見つけた。

この日は「ボランジェ」のなかでも特別な「ラ・グラン・ダネ」の新作である2018ヴィンテージのお披露目であった。
「ラ・グラン・ダネ」とは文字通り、グラン(偉大)なアネ(年)にしかつくられないシャンパーニュ。シャンパーニュ地方のグラン・クリュおよびプルミエ・クリュのピノ・ノワールとシャルドネをすべてオーク樽で醸造し、最良の樽を選んで熟成させる。瓶詰後はすべて手作業でルミュアージュ(動瓶=ボトルを逆さにして少しずつ回しながら澱を口のほうに集める)とデゴルジュマン(澱抜き)を行うという、特別な1本だ。

その味わいについては、果実味や酸味というワインテイスティングでよく使われる用語だけでは説明できない。焼きたてのパンを思わせる香ばしさ、熟成による複雑なニュアンス、そして長く続く余韻……「八雲茶寮」の煎り酒を添えた鰈の刺身や、花山椒の香りが鼻をくすぐる地鶏の鍋とともに合わせれば、「ム~ン」と言葉にならないため息を漏らすことしかできなかった。
煎り酒は醤油が生まれる前からつくられていた日本古来の調味料であり、花山椒は初夏のごく一時期しか出回らない、旬の短い素材だ。悠久の時と、刹那の味わいを同時に、“偉大な年”のシャンパーニュと味わうのはまさに贅沢そのものだろう。

冒頭の後閑氏と米澤氏の話に戻るが、「これからレストランは二極化していく」というその予測に私は共感している。なぜなら、それは飲食業界だけではなく、これからの社会の未来を示しているように思えるからだ。
生成AIが文章を書き、自動翻訳が言葉の壁をなくし、工場ではロボットが高精度な製品を生み出す時代になった。多くのものが効率化され、均質化されていく。だからこそ逆説的に、人の手による仕事は希少になる。「ボランジェ」が守り続けてきた樽や職人たちの手仕事の価値は、これからさらに大きく評価されていくことになるだろう。
そして、私たち書き手の仕事もまた同じなのだ。情報を整理するだけならAIのほうが速いが、人と会い、その場の空気を感じ、心が動いた理由を考え、自分の言葉で物語を紡ぐことは、まだ人間にしかできない、いや、できないと信じたい。
人の手が、いちばん贅沢になる時代がやってくる。
シャンパーニュ・ボランジェ
https://bollinger.jp/


