「そんなクソは自分で取っておけ」。1920年代のドイツで、通行人から100マルク紙幣を数枚手渡された物乞いは、そう言い放った。
100年余り前のこの物乞いの反応は、いまなお経済学者が見落としている2つの真実を明らかにしている。1つには、インフレに「気づかれない」ものなどないということだ。私たちは金そのものではなく、金で交換できるものを追い求めている。ゆえに、通貨が切り下げられているとき、私たちはそれを身にしみて理解する。
ここから導かれる明白な帰結は、経済学者の一般的な信念とは逆に、中央銀行は「マネーサプライ」をいわゆる「アクセル全開」にすることも、「マネーストック」を増やすこともできないという点である。交換媒体の増加の源泉は生産だけであり、中央銀行は何も生産しない。
政府が通貨を計画しようとしたり、流通する通貨を増やそうとしたりする愚かさの証拠なら、再びワイマール期ドイツを見ればよい。政府が際限なく紙幣を刷れるのは確かだが、物乞いの反応が思い出させるとおり、それで刷られた媒体の使用や流通が増えるわけではほとんどない。むしろ正反対のことが起きる。
ミュンヘンの物乞いが100マルク紙幣に示した嫌悪の反応を、もう一度思い出してほしい。それが何とも交換できないことを身をもって知っていた彼は、その価値のない紙切れを投げ返したのだ。物乞いではないドイツ人も同じで、彼らは急速に他の通貨へと切り替えた。中央の計画立案者ではなく、市場が機能したのである。
マルクが無価値へと沈んでいくのに歩調を合わせるように、ドイツでは「ドル両替所」が急増した。切り下げによってマルクは無価値どころか、それ以下になり、ドイツ人は他の通貨と並んでドルを流通させ始めた。これは自明の理である。
経済理論から遠く離れたところに、単純な真実がある。生産は生産を購入する。貨幣とは、生産者のあいだで価値を測るために受け入れられている尺度にすぎず、生産者が交換を円滑にするために用いるものにすぎない。
私たちが金をポケットに入れたり、どの店に持ち込んだりするとき、私たちは生産を店に持ち込み、他者の生産物と交換しようとしている。この単純な真実から、第一次世界大戦後のドイツでマルクが流通しなくなり、信頼できる交換媒体に置き換えられた理由が、読者にも見えてくるはずだ。
重要なのは、その変化が経済学者やFRB当局者によって監督されたものではないという点である。彼らがベルリン、フランクフルト、ミュンヘン、そして無数のドイツの都市に、いわゆる「マネーサプライ」を配置したわけではない。そんな必要はなかった。生産は常に、どこでも、流通する交換媒体を伴う。
経済学者は異なることを言い、さらには自分がFRBを支配できるなら、価格や「名目GDP」や「国民所得」など、博士号持ちが好む無数の集計値を巧みに計画できると文字どおり主張するだろう。だが現実には、貨幣は生産があるところに存在する。そこに置かれるのではなく、刷られるのでもなく、特定のM目標に到達させるために配られるのでもない。そうした目標が、インフレを伴わない高成長と一致するとされるのだとしても、貨幣とは生産の一定の結果なのである。
流通する貨幣が生産を映し出しているという事実は、いわゆる「マネーサプライ」を計画できると主張する経済学者の愚かさを露呈する。この悲しい思い上がりの背後には、あまりに多くの経済学者が生産を計画できると信じているという含意がある。
彼らにはできない。だが、それは大問題でもない。市場は政治家にとってますます速すぎるのと同様(ドナルド・トランプ政権下の経済成長を見よ)、経済学者にとっても速すぎる。だからこそ、米ドル、英ポンド、スイスフラン、ユーロは、法定通貨ではないにもかかわらず、多くの都市、州、国で決済を裁定している。政府が悲しいほど頻繁に各種の法定通貨を切り下げ、破壊する一方で、現実の市場はその誤りを緩和する。言い換えれば、どの通貨がどれだけの量で流通するかを決めるのは、中央銀行家ではなく生産者なのである。
生産は常に、常に、常に、信頼できる交換媒体と対になっている。片方が他方を前提とする。つまり、貨幣という主題において、経済学者は余計な存在である。



