夫の稼ぎが多ければ、そして多くの場合そうだが、夫の口座が厚くなる。夫の口座が厚くなれば、形式上のコントロールは夫に集まる。形式上のコントロールが大きくなるほど、世帯の資産が必ずしも平等な安心に結びつくとは限らない。女性は退職資産のある世帯で暮らしていても、交渉力が弱く、離婚後のリスクが大きく、死別後の安心が小さいままかもしれない。
負債が、女性を投資からさらに遠ざける
負債を抱えると、老後に向けた貯蓄は難しくなる。女性は学生ローンを不釣り合いに多く負担している。学費は同じでも、返済原資となる所得が低いからだ。女性は学生ローン債務の約3分の2を保有し、学士号取得者では男性より平均2700ドル(約43万3000円)多い債務を抱えて卒業し、完済までに約2年長くかかる。
「女性としての生活」を送る人にとって、投資と資産形成は難しい
通俗的な物語は「女性は女性だから慎重なのだ」と言う。説明は簡単で、政治的にも都合がいい。女性の株式保有が少ないのが単なる好みだということになれば、賃金、ケア政策、年金、負債、世帯内の権力関係を変える必要がなくなる。
しかし、女性が株式への投資を減らしている理由が、所得が低く、家計責任が重く、負債ストレスが強く、若い時期の資産が少ないからだとすれば、政策の問いは変わる。
誰もがより良い投資家になるための政策
誤った教訓は「女性には自信をつける訓練が必要で、そうすればもっと株を買う」というものだ。正しい教訓は、長期投資が理にかなう経済条件が女性に必要だ、という点にある。
それは、男女の賃金格差を縮めることを意味する。ケアへの補助を行うことを意味する。社会保障や年金制度に介護者・養育者へのクレジットを付与することを意味する。すべての労働者が、安定収入で、無借金で、ケアによるショックもなく、世帯のバランスシートを最適化する配偶者がいることを前提としない退職口座を設計することを意味する。高所得者の口座に資産がデフォルトで埋め込まれるのを避けつつ、カップルが拠出を効率的に配分できるよう支援することも意味する。
女性投資家は、多くの点で正しい行動を取っている。取引は少ない。回転売買も少ない。取引コストも小さい。リターンを犠牲にしてまで自信を誇示する行動に走りにくい。しかし女性の株式保有が少ないのは、所得が低く、義務が重く、負債圧力が強く、世帯資産への権利が不安定になりやすいからでもある。
投資ギャップは、女性が慎重すぎるという物語ではない。制約を選好と取り違え、その結果を「選択」と呼んでしまう金融システムの物語だ。
政策的な答えは、バランスが取れ、安全で、低コストで、プロが運用するポートフォリオに、誰もがアクセスできる退職制度を築くことだ。女性は不安定な収入、ケア需要、失敗の余地の小ささに直面しやすい。しかし必要な政策は、そうしたリスクの中で生きるすべての人のためのものだ。


