マーケターの次の仕事
人間が100年磨いてきたユーザーに直接届けるマーケティングの技術は、エージェントが間に入るぶんだけ、効きが落ちていきます。 広告もCRMも検索体験も、エージェントの判断ロジックの手前で立ち止まる時間が増えていく。同じ方向で戦っても、勝ち目は薄い。
そもそも、マーケティングが届けていた相手は本人ではありません。スケールを獲るために人物像という模型を立て、その模型に向けて策を打ってきた。エージェントは我々が模型越しに見ていた顧客の好みや判断を本人単位の解像度で握ります。外から立てた模型が、本人のエージェントに精度で勝てるはずもない。
だとすればやるべき仕事は、もう本人ひとりひとりと向き合うことにしかない。そしてそれは、ユーザーが「自分にしかないもの」を差し出せる瞬間を設計することなのではないかと、私は考えました。
これは既存のパーソナライゼーションとは方向が逆です。パーソナライゼーションは、ユーザーのデータを取って先回りする仕事でした。新しい仕事は、ユーザーが能動的に差し出すまで先回りせず、差し出された具体的な入力をAIに渡して、ユーザー単独でもAI単独でも到達できなかった出力に変える仕事です。データを「取りに行く」仕事から、入力が「生まれる場をつくる」仕事への転回です。
具体的な仮説をいくつか挙げます。
ひとつめ、設計の起点が変わります。「どんなユーザー像にどんなメッセージが刺さるか」を推定して始めるのではなく、「ユーザーが自分の文脈を能動的にひらきたくなる瞬間はいつか」を起点に企画を組み立てる。ターゲティングセグメントを切る前の、もっと手前の問いです。
ふたつめ、アウトプットの定義が変わります。これまで施策は「届けて完成」でした。これからは、ユーザーの一回限りの文脈と結合してはじめて立ち上がる、半完成の枠組みを設計する仕事になる。完成品を渡すのではなく、完成の余白を渡す、と言ってもいい。
みっつめ、成果の指標が変わります。エンゲージメント率や滞在時間のような「ユーザーが受動的に消費した量」ではなく、「ユーザーから引き出された固有性」が、新しい施策の良し悪しを測る指標になる。
これらはまだ業界の合意になっていません。ただ、ペットカードジェネレーターが予想外の反響を生んだのは、構造的にこのような方向のアウトプットだったからだと思っています。ユーザーが「自分にしかない何か」を差し出す側に回った瞬間、施策はパーソナライゼーションを超え、エージェントには代行できない領域に到達するのです。
いまは亡き初代ねこなんだけど、昔娘と一緒にいたずらした写真あったからカード精製してみたらこんな半額シールまで再現されるとは思わなかった…(スキルまで)
— ネイサンマ (@neisanma) December 17, 2025
きっと天国から何やってんだお前、みたいな感じで見られてるのだろう#ペットカードジェネレーター pic.twitter.com/znxBufNrG5
尻カード効果がめちゃ優秀
— キモいおり (@iori_kimoqq) December 17, 2025
誉め言葉もめちゃ共感
#ペットカードジェネレーター pic.twitter.com/H0OjYDox9u
I/O会場にだけ存在したもの
Antigravityのロゴの形をしたシャボン玉は、広場に放たれて数秒で消えて行きます。目的や効率だけで見れば、ほとんど意味のない行為です。発表内容を理解するために必要な情報ではないので、エージェントが処理する旅路の中にあのシャボン玉はおそらく入ってこない。
それでも私は、あの数秒を強く覚えています。誰かがそれを見上げ、誰かが写真を撮り、誰かが笑っていた。この認識は、私の身体がその時間その場所に置かれていたという事実そのものに依拠していて、エージェントには生成することができないものです。その場にいた事実が、共有した感覚が、こうして後からAIについて思考する材料になっている。記憶、違和感、愛着、会話、体の中に残った温度。そうしたものがAIと結びついたとき、マーケティングは単なる効率化でも、単なる感情論でもない場所にきっと進むことができる。
これからのマーケティングは、エージェントが歩く旅路を整えることから始まります。しかし、そこで終わるものでは決してない。シャボン玉が消えるまでの数秒の感覚を次の創造の素材に変えること。そこから、次の仕事は始まるのだと思います。

やまにし・こうた◎2021年電通入社。2026年より電通総研 AI開発センター出向中。多様なクライアントに対してオン/オフのプロモーション企画や商品開発等にプランナーとして従事しながら、ストラテジック・テクノロジスト/AIマスターとして、社内外双方でマーケティング/クリエイティブ高度化のためのAIソリューションの企画・設計から実装・運用まで開発の全域を担当。


