かつて成長の本命と目されたエンドポイント型サイバーセキュリティのCylanceは、米セキュリティ企業のアークティック・ウルフへ売却された。サイバーセキュリティを捨てたわけではない。汎用のエンドポイント防御ではなく、政府や重要インフラに向けた秘匿通信へと、守る対象を絞ったのである。多くを抱え、十分に伸ばし切れなかった事業を整理し、二つの事業を確実に伸ばす会社へ。ジアマッテオは事業の見直しをドラスティックに進めた。
この選択と集中は、数字に表れ始めている。2027年度第1四半期では、QNXが前年同期比26%増、セキュアコミュニケーションズが24%伸びた。両部門の堅実な業績により売上高、収益性、キャッシュ創出において予想を上回る結果となっている。
数年前に6億〜7億ドル規模だったQNXの受注残高は、約9億5000万ドルに積み上がった。搭載台数は2億未満から2億7500万台へ。「変革を終え、成長に軸足を移した」という宣言は、精神論ではなく、こうした数字の裏づけを持っている。
命がかかる場所の保守性
セキュアコミュニケーションズとQNXは、一見すると別の事業に見える。片方は秘匿通信、もう片方はリアルタイムOSだ。だが、両者の根は同じところにある。失敗が許されない場所で、毎回同じように動くこと。その確実さこそ、いまのBlackBerryの価値である。
セキュアコミュニケーションズの復活を支えるのは、地政学的な不確実性だ。自国・自社のデータを自らの管理下に置けるか。その主権を案じる顧客の関心が、この事業に向かう。顧客の75%は中央政府や大手銀行、重要インフラの提供者で、音声や映像を軍の水準で暗号化するSecuSuite、冒頭のあのアプリが、最も速く伸びている。
一般の市民ならWhatsAppやSignalで足りる。だが政府や軍の関係者が市販アプリを使う危うさは想像にかたくない。この領域を埋めるライバル製品は他にない。
同じ思想が、QNXにも通底している。製品の内側にはAIを入れない。理由は単純で、彼らの製品には人の命がかかっている。あのクルマは毎回止まらなければならない。あのロボットは毎回、正しい方向へ動かなければならない。あの通信は毎回、前線の兵士に確実に届かなければならない。
しかし効率化のためにはAIも使い、今後は自律的なハードウェアの運用にもAIが使われていく。認証も規制も安全要件も厳格な領域で、中核にどれだけAIを織り込むかは慎重にならざるを得ない中で、どのようにAIとデバイスの間を結んでいくのか。保守的な領域にこそ、QNXの強みを活かすチャンスがある。
すべてがミッションクリティカルになる日
筆者が興味を惹かれたのは、QNXに事業フォーカスした先に見ている事業環境だ。クラウドの中にあるテキスト世界で存在感を示してきたAIだが、いよいよ物理世界へ降りる「フィジカルAI」の時代に入ろうとしている。
そうした中では、QNXという基盤の意味はより大きなものになっていくと考えられるからだ。
筆者の見立てをひとつぶつけてみた。家庭用ロボット、見守りカメラ、配送ロボット、スマート家電。これらが情報を表示するだけの存在なら、多少の不具合は許容される。


