ニューヨーク市広域都市圏は人口2000万人を越え、アメリカ人の15人にひとりが、このエリアに住んでいる。日本のニュースでは「ニックスが53年ぶりに優勝した」との一文で報じられたが、セントラルパークに集まった群衆、クイーンズのパブ、ブロンクスのボデガに至るまで、街という街、通りという通りがチームカラーであるオレンジとブルーの波に埋め尽くされる一大事だった。
世界の中心の呪縛 暗黒時代からの脱却
ニックスというフランチャイズは、ビジネス界で例えれば「圧倒的なブランド力と市場規模を持ちながら、業績が伴わない大企業」の典型だ。1973年の優勝以降、チームは長い暗黒時代をさまよった。1970年代後半には伝統のオレンジから不評を買ったマルーン色(赤茶色)へのユニフォーム変更という迷走もあった。
コミック『スラムダンク』において湘北高校バスケ部主将・赤木剛憲のモデルともされるパトリック・ユーイングを擁した1990年代の黄金期でさえ、NBAの決勝において1994年はヒューストン・ロケッツに、99年はスパーズに敗れ、あと一歩のところで頂点には届かなかった。私がニューヨーク在住だったのが、ちょうどこの時期。
21世紀に入ってからは、さらに悲惨を極める。実に17回もの負け越しシーズンを記録した。
その元凶として長年批判の矢面に立たされてきたのが、オーナーのジェームズ・ドーラン。メディア企業ケーブルビジョン(現オプティマム)の御曹司であるドーランは、強権的なチーム運営やレジェンド選手への冷遇などにより、ファンから「チームを売れ」と非難される存在だった。2015年には、あまりのチームの不甲斐なさに、地元紙の番記者がニックスの取材を放棄し他国のバスケットボールを取材しに行くという前代未聞の事態すら発生した。
だが、どれほど業績が低迷しても、マディソン・スクエア・ガーデンは満員になり、収益は上がり続けた。これが逆に組織の抜本的な改革を遅らせる要因となっていた。
しかし2020年、オーナーのドーランはついに自らの限界を悟り、極めて重要な経営判断を下す。レブロン・ジェームズなどを顧客に持っていた敏腕エージェント、レオン・ローズを球団社長として招聘し、チーム編成の全権を委ねた。これは、同族経営や独裁的なリーダーが、専門知識を持つプロフェッショナルに権限を完全移譲した成功例として特筆すべき出来事だろう。ローズの就任こそが、ニックスという沈みゆく巨艦の進路を反転させる最大のターニングポイントとなった。
「痛みを伴う」リーダー交代の交代劇 レオン・ローズの眼力
レオン・ローズ社長の卓越した手腕は、人材獲得戦略とリーダーシップの刷新において遺憾なく発揮された。
その最たる例が、2022年夏に決行されたジェイレン・ブランソンの獲得だ。4年1億400万ドルという巨額の契約は、当時ダラス・マーベリックスでルカ・ドンチッチの陰に隠れていたブランソンに対し「過剰投資である」と多くの専門家から酷評された。 しかし、ローズはブランソンの中に、数字には表れないリーダーシップと、大舞台で物怖じしない精神力という「過小評価された無形資産」を見出していた。結果として、ブランソンは2025-26年シーズンにおいてNBAカップ、ファイナルの双方でMVPに輝き、あの契約がNBA史上最高の人材投資であった点を自ら証明してみせた。
さらに驚くべきは、最高潮のタイミングで断行された「現場リーダー」の交代劇だ。ローズ社長は、自らが就任直後に招聘し、チームを25年ぶりのカンファレンス・ファイナルまで導いたトム・シボドー・ヘッドコーチを25-26シーズン前に解任、マイク・ブラウンを新たな指揮官として迎えた。


