第2のシステムは魅了だ。この時点で、事態は化学的に興味深い展開を見せる。初期段階の恋愛は、脳の腹側被蓋野と尾状核における激しい活性化を伴う。この2つはドーパミンが豊富な領域であり、脳の報酬回路全般の中枢でもある。
フィッシャーのfMRIデータが示すところでは、恋愛の初期段階にある人の脳の活性化パターンは、ドラッグによる陶酔に見られるものと驚くほどよく似ていた。それと同時に、セロトニン濃度が低下し、取りつかれたような、頭の中に相手の影が強制侵入して離れなくなるような過剰な思考が生じる。新たな恋愛で頭がいっぱいになり、理性で脱け出すのが難しくなるのだ。
進化の観点からすれば、これはまぎれもなく理にかなっていると言える。ペアリングの努力を傾ける対象については、好ましいパートナー一人に絞ってしっかり集中する方が、広く分散させるよりもはるかに効率がいい。
第3のシステムは愛着だ。これを仲介するのは、神経ペプチドのオキシトシンとバソプレシンだ。これらは冒頭で紹介したプレーリーハタネズミの研究に関わっていたものと同じ分子だ。ドーパミンの急増による初期の魅了が落ちつくと、この2つの分子が主導権を握り、長期的な絆の特徴である穏やかさ、安心、深い関与の感覚を呼び起こす。このシステムは、ヒトの子どもの長い発達過程を通じて「両親による子育て」を保つという、進化上の機能を果たしている。
この3つの個別のシステムが合わさると、恋愛が生まれる理由だけでなく、それが継続する理由、そして失われた時にあれほど打ちのめされた気持ちになる理由まで説明がつく。
恋愛について科学が教えられることと、教えられないこと
今まで行なってきたような説明は、明晰化を感じると同時に、どこか落ち着かないものでもある。なぜ落ち着かないのかと言えば、あなたの内なる営みのなかでもひときわ私的な体験が、ある程度までは、ハードウェア上で稼働する太古のプログラムである、と示唆されているからだ。そのハードウェアは、あなた個人と関係があるわけではない用途のために、進化によって組み立てられたのだ、と。
だが、なぜ明晰化を感じるのかと言えば、その説明が、恋愛は決して恣意的なものではないことを意味しているからだ。何がなんだかわからなくなり、過剰に執着し、そして最終的には、もっと安定した状態に落ちつく――それは一つのパターンに沿っていて、そのパターンは事実上、ヒトという種全体が共有する、極めて長い歴史を持つものなのだ。
神経科学があなたに教えられないこと、そして、そもそも教えようとはしていないことは、恋愛があなたの人生のなかで持つ意味だ。神経学的プロセスとは、その現象がどういうものであるかにすぎない。それは土台であって、物語ではない。物語を書くのはあなた自身だ。
恋愛とは、生物学的な中核においては、生き残りのための一つのメカニズムだ。だがそれは、あなたがつくりだすものでもあるのだ。


