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2026.06.20 13:00

礼儀正しい人が聡明とは限らない、実は頭がいい人の「失礼」な2つの振る舞い

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ほとんどの人が少々口が悪い人や話を途中で遮って自分の意見を割り込ませる人に接したことがあるだろう。私たちはこうした振る舞いは礼儀や自制心、基本的な敬意に欠けるものとみなし、無意識に「欠点」というレッテルを貼る。礼儀作法に関しては長い間、自制心を働かせ、慎重に言葉を選び、そして相手の話を辛抱強く最後まで聞くことが知性や人柄の良さを表すと考えられてきた。

しかし心理学の見解は必ずしもそうとは限らないようだ。私たちが会話に関して欠点と見なすようになった特定の行動が、適切な条件下では高い認知能力と関連していることを示唆する研究が増えている。これは、無礼な振る舞いを称賛すべきという意味ではない。しかし、私たちの直感的な社会的判断が神経科学の知見と食い違っている場合があることを意味している。見直す価値のある2つの習慣を紹介しよう。

習慣1:罵り言葉を流暢かつ戦略的に使う

社会通念に深く根付いている考え方の1つに、罵る言葉を頻繁に使うのは自分を表現する語彙が不足しているため、というものがある。だが、この単純明快な説は実証的には逆だ。

専門誌『Journal of Individual Differences』に2022年に掲載された事前登録研究で、米オルバニー大学の研究者アンナ=カイサ・ライマンとミッチ・アーリーウィンは大学生266人を対象に、罵る言葉の流暢性や一般的な言語流暢性、語彙力、ビッグファイブ性格特性を測定する一連のテストを実施した。その結果、固定観念に真っ向から反することが浮かび上がった。罵りの言葉を流暢に使える能力は言語能力の不足から生じるものではなかったのだ。

一般的な言語流暢性や語彙力で高得点を取った参加者は、タブーの語彙の流暢性テストでも高得点を取る傾向があった。どうやら私たちの頭の中にある語彙は、上品な領域と下品な領域に分かれているわけではないようだ。

同じ研究から明らかになった性格プロファイルも示唆に富んでいる。罵る言葉の流暢性は開放性および外向性と正の相関を示し、協調性には負の相関を示した。知的好奇心や斬新なアイデアへの関心、曖昧さへの寛容さといった特性を含む経験への開放性は、数十年にわたる研究の中で一般知能と最も一貫して関連付けられてきた性格特性だ。これがタブーとされる言葉への寛容さも予測するという事実は、罵ることと知能が慣習的制約への抵抗の低さという共通の根源を持っている可能性を示唆している。

ただし、ここで重要な注意点がある。これは相関関係であって因果関係ではないということだ。罵りが増えたからといって賢くなるわけではない。研究が示唆しているのは、知的な人は単に言語のタブーを破ることに対する抵抗感が少ないかもしれないということだ。それは部分的には社会的文脈を十分に読み取り、その代償が少ないタイミングを見極められるからであり、また他の人が礼儀正しく慎重になる原因となる社会的なパフォーマンス不安にあまり縛られていないからだ。この習慣は失礼に見える。だが実際には言葉による見せかけに対する抵抗の低さを反映しているのかもしれない。

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翻訳=溝口慈子

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