私たちが向き合っているまちづくりの「共創」にある本質は、自分と異なる他者との「近さ(共感)」と「遠さ(違和感)」をいかに調律し、和えていくかにあります。今回は、私たちが大阪府八尾市で実践してきた事例、そして昨年から新たに深く入り込んでいる兵庫県尼崎市での「ARKade(アーケード)」という拠点づくりの挑戦から、AIには決して代替できない「人間が醸し出すまちづくり」の深層を紐解いてみたいと思います。
「近すぎる」心地よさの罠と、「遠さ」がもたらす創造性
まちづくりにおいて、志を同じくする仲間が集まるのは素晴らしいことです。しかし、価値観が重なりすぎる「近すぎる」関係は、時に同質性の罠に陥ります。「あ・うん」の呼吸で進む心地よさは、いつしか閉鎖性を生み、新しい風を拒む壁となってしまうのです。よくある地域の閉塞感はここにあります。
つまり、お互いにやりやすさを優先してしまうが故に、何か地域で新しい事業やプロジェクトが立ち上がるその時に、地域を盛り上げるのは「いつものメンバー」になってしまう現象が起きてしまいがちです。
文化人類学者の松村圭一郎氏らがこんな提唱をしています。
「他者との出会いとは本来、自分とは異なる原理で動く『遠い存在』への驚きから始まる」と。私が八尾市役所時代に立ち上げた「みせるばやお」や、オープンファクトリーイベント「FactorISM(ファクトリズム)」の原点は、まさにこの「遠さ」とのセッションにありました。
当初、中小企業の経営者たちは「自分たちの工場なんて見せても面白くない」「隣の会社が何をしているか知らない」という、互いに「遠い」存在でした。しかし、企業経営とあえて「アトツギたちの文化祭」という、一見非効率で遊び心のある枠組み(余白)を提示することで、彼らの関係性は変わり始めました。
地域の隠れた側面に光を当て、それを共有することから、地域への理解が深まります。この深い理解が基盤となり、多様な人々がお互いの異質さを認め合い、関係性を築くことで、お互いの間に新たな「意味」が生まれます。この一連のプロセスこそが、まちに新しい物語(ストーリー)を紡ぎ出し、背景的な価値を創造する源となるのです。
ルールでがんじがらめにするのではなく、自由に、楽しく、自分事にする「余白」を残すこと。これにより、駄菓子を製造する「チーリン製菓」や石鹸製造の「木村石鹸工業」といった、全く異なる技術や歴史(=遠い価値観)をもつ企業が、互いの「違い」を尊重しながら混ざり合う「共創」が生まれたのです。



