社員約1万8,000人、顧客数約86万社を擁するNTTドコモビジネスが今、すべてのビジネスプロセスをAI前提で動かす「AIフル実装」を経営の最優先アジェンダに据えている。同社の経営企画を担う執行役員 奥澤慎哉と、変革を伴走支援するPwCコンサルティング パートナー豊島良彦。AI変革の最前線に立つ2人が、変革の意図とプロセス、そして日本企業が問い直すべき経営の本質について語り合う。
統合から変革へ。AXを最優先アジェンダに据えた理由
――2022年、NTTドコモ、NTTコミュニケーションズ、NTTコムウェアの3社が統合し、2025年にはNTTコミュニケーションズからNTTドコモビジネスへ社名を変更するなど新たな体制が始まりました。巨大組織となった今、成長戦略においてこの統合をどう位置付けていますか。
奥澤慎哉(以下、奥澤):私たちはNTTコミュニケーションズとして1999年に発足して以来、インターネット、クラウド、データ活用など、市場の変化に合わせてポートフォリオを進化させながら成長してきました。2022年にはNTTドコモ、NTTコミュニケーションズ、NTTコムウェアのグループ再編を経て、ドコモグループの法人事業を担う立場となりました。この統合により、私たちは従来のICT基盤に加え、NTTドコモやNTTコムウェアが持つモバイルやソフトウェア開発のケイパビリティを獲得し、現在の社員約1万8,000人、顧客数約86万社を支える強固なビジネス基盤を構築しました。
そしてドコモグループ再編時に法人事業目標とした収益2兆円という目標を達成した2025年、社名を「NTTドコモビジネス」へと変更し、2026年以降の中期成長戦略を策定。その軸に据えたのが「自律・分散・協調型社会」の実現です。
日本の成長は、これまでリソースが集中する場所で経済活動を行うことで支えられてきました。しかし、AIの出現によってそのモデルは限界を迎えています。例えば、AIの学習には膨大なデータと電力が必要ですが、東京都内のデータセンターだけで賄うには物理的な限界があります。一方で、地方には活用しきれていないリソースが存在します。AI時代にはこうした地域間のリソース不均衡を補うことが重要になってきます。私たちのアプローチは、このような一極集中を解消し、地域に分散しているリソースをAIに最適化されたネットワークで結びつけマネジメントできるようにしていくための、AIネイティブなインフラを幅広く提供していくということです。
それが「自律・分散・協調」の意味するところです。私たちが、そうした社会を支える「産業・地域DXのプラットフォーマー」として、お客さまのDXを伴走支援することは新しい社会をかたちづくるだけでなく、NTTドコモビジネスの成長にも直結すると確信しています。また、その実現にAI活用が不可欠であるため、私たちは「AX(AIトランスフォーメーション)」を全力で推進しています。
豊島良彦(以下、豊島):奥澤さんがおっしゃったAXの推進という戦略は、まさにAI活用の本質を突いています。AIを導入する目的は、単に既存業務を効率化することではなく、人、データ、業務プロセスを再構成し、企業そのものをインテリジェントなシステムへと進化させること。おそらく多くの現場では、チャットボットや文書作成支援といった個人ユースから導入が始まるでしょう。しかし、その先に本当の変革が待っています。AIが業務と業務の隙間を埋め、プロセス全体をつないでいく。そこまで到達したとき、企業の競争力は根本から変わります。NTTドコモビジネスが目指しているのは、AIを前提とした新しい組織のあり方ですね。
――NTTドコモビジネスがAXを実現するうえで、特に重視視していることはどのようなことなのでしょうか。
奥澤:「AIフル実装」の実現を重要視しています。言い換えると、すべてのビジネスプロセスでAIが活用されていることを前提とした状態にするということです。例えば、2026年5月にリリースした「AI SOC」は、人が1〜2時間かけていた脅威分析をAIが最短10分で完結するサービスです。防御側もマシンと同じスピードで判断し、動かなければ間に合わない。これが前提となる考え方です。
このように私たちの様々な事業や業務におけるあらゆるビジネスプロセスをAI前提で変革するため、2025年から「セールス変革」「サービス・ソリューション変革」「経営基盤(マネジメント)変革」という3つの軸を立て、全社横断のプロジェクトとして動かしています。
「セールス変革」では約86万社の顧客基盤に対し、商談前の事前準備や商談後の問い合わせといった一連の営業プロセスにAIを組み込み生産性を高めることにより、営業担当が自らの時間を提案活動などの本質的な価値提供につながる業務に集中できる環境を整えます。
そして、「サービス・ソリューション変革」の要は、AI時代に最適化されたAIネイティブインフラ、すなわち「AI-Centric ICTプラットフォーム®」※の構築です。これは、オンデマンドでの帯域変更や分単位課金が可能なネットワーク、高度なセキュリティ対策などを備え、AIの利用に最適化されたインフラを提供するものです。いわば、AIという住人を迎えるための家の基礎ですね。これまでのネットワークでは、AIエージェントが自律的に通信を行うような環境への対応に限界があります。そこで私たちは、ネットワーク自体をソフトウェアで柔軟に制御し、加えて脅威検知などセキュリティ機能も具備したプラットフォームへと刷新しています。
また、このプラットフォームの中核となるのがNaaS(Network as a Service)という技術です。「docomo business RINK®」や「docomo business SIGN™」といったサービスの中で活用されており、外部からも高く評価されています。例えば、NTTドコモビジネスは、Gartner社がクラス最高の技術革新を行った世界中のCSP(Communication Service Provider)を表彰する「Eye on Innovation Awards」のAPAC地域において、「NaaS with built-in security - docomo business RINK」で応募し、日本に本社を置く企業として初めてWinnerに選出されており、業界をリードするイノベーションとして認識されています。
「経営基盤(マネジメント)変革」では、不確実性の高い時代に必要となる迅速な意思決定やマネジメントをAIやデータを活用し仕組み化していきます。データ活用という点では非構造化データの活用が重要となってきます。現在、データ活用のための整備を進めていますが、そのデータ量はペタバイト規模にも及びます。この中から経営に資するデータを抜き出し活用していくことで重要なインサイトをもっと得られるはずです。これら3つの領域の取り組みは始まったばかりですが既に成果もでてきています。また、これらを同時並行で変革して初めて、すべてのビジネスプロセスがAI前提で稼働する、真の「AIフル実装」が実現すると考えています。
スピードと信頼性の両立――AI時代のガバナンスとは
――AIによる変革を成果につなげるために、経営陣は何から取り組むべきでしょうか。
豊島:これまでのデータ基盤は、人間が分析してレポートをつくり意思決定するという前提で設計されていました。しかしこれからは、AIが業務を理解して意思決定を支援し、後続の業務まで担うかたちに変わります。構造化データだけでなく、文書・ナレッジ・会話ログ・業務ログといった非構造データもAIが活用できる形で整備する必要があり、エンタープライズアーキテクチャの設計を根本から問い直すことが求められます。
さらに言えば、AIエージェントの活用が進むにつれて、従来のWebやアプリ中心のインターフェースから、エージェントを起点とした新しいUIへと移行していきます。そうなったとき、真の勝負は“データのつなぎ方”にあると考えています。AIが自律的に動くほど、その判断の根拠は人間には見えにくくなるため、アーキテクチャ設計とデータガバナンス・セキュリティ設計を同時並行で進めることが不可欠です。スピードと信頼性の両立が、AI時代のガバナンスの核心になるでしょう。
PwCコンサルティングではこうした考えから、AI時代の企業には「Enterprise OS backbone(企業OSのバックボーン)」と呼ぶべき基盤が必要だと提唱しています。AIを単に業務の一部に埋め込むのではなく、接続性から変革までを統合し、AIが企業全体の能力として自律的に動く。そのための総合的な仕組みです。
奥澤:企業OSとは、的確な表現ですね。AIと人のかかわりのなかで適切にワークフローを回すためのデータ整備やプロセス整理、ガバナンスの担保を実現する総合的なオペレーションシステム、ということになるでしょうか。
私たちは2020年にデジタル改革推進部を組成し、段階的にデータ基盤の整備を進めてきました。その一つが「SSOT(Single Source of Truth)」、すなわち全社で使うデータの判断基準をひとつに定める取り組みです。
一見シンプルですが、これが最も骨の折れるプロセスで今も継続して取り組みをしています。また、用語の定義や登録するデータの質という点でも整理が必要です。「受注」という同一の言葉でも、登録するデータベースによって集計の定義や参照先が異なることが往々にしてあります。理由は、それぞれのシステムには個別のオーナーが存在し、各々が独自の最適化を行ってきたからで、この仕組み自体が悪いわけではありません。
しかし、言葉の意味とデータの内容を全社で一致させるのは非常に重要で、ドコモグループへの再編から数年かけてデータの量と質にこだわってきました。また、データ基盤整備と並んで難しいのが、人の意識変革だと考えています。なぜ、AXをやっていくのか?という共通目標を合わせていくことが重要です。
豊島:大組織ほど現状維持の慣性は強いものです。変革を進めるうえで必ず直面するのが「現場は変わりたくない」という壁ではないでしょうか。ただ実態は、本当に変わりたくないのではなく、“変わり方がわからない”ケースがほとんどです。これを動かすきっかけは2つあります。
ひとつは「経営の意志」。AIを、会社・組織・業務をまるごと変革するテーマとして位置づけること。もうひとつは現場が体感できる「クイックウィン」です。例えば営業担当者がお客さまを訪問する前にAIがすでに分析を終えている。これにより意思決定までのスピードが半分になる。そういった目に見える変化を具体的な業務のなかで早く体験させる。この2つをセットで進めることが重要ではないでしょうか。
私たちが毎年発行しているAI調査レポートでも、AI活用で成果を出した企業の多くは「ユースケースの設定」を最大の成功要因に挙げています。どのツールを導入するかではなく、どの業務をどう変えるかを先に決めることが重要です。経営が「自社はAIによってこう変わる」という大きなビジョンを示して、現場がそれを自分ごととして実感する。この2つが接着して初めて組織は動き出します。そのあるべき姿から逆算して今やるべきことを決めていく。それが変革の出発点になると思います。
――AIが業務に深く組み込まれていくなかで、人間の役割はどう変わっていくのでしょうか。
豊島:将来的には奥澤さんの右腕や部下が、エージェントAやエージェントBになっていく、そういうイメージでしょうか。
奥澤:その通りです。例えば、オンライン会議の出席者の一人がAIになる世界、上司がAIになる世界も技術的には実現が近いと感じています。ワクワクする話ではありますが、その一方で「信頼できるAI」を真剣に作っていかなければなりません。現在はAIによるタスク代替、つまり「タスク型」が主流ですが、AIの活用方法が「ロール型」へ移行すると考えています。部下に権限と役割を委譲し、創意工夫で完遂してもらうように、AIを信頼して「ロール」を渡せるか。そのための論点が「信頼できるAI」を作るということです。これは突き詰めれば、人材育成と同じです。人間と同様に、任された業務を最後までやり切る力、倫理観を持ち信頼に応える力、目的を理解し全体を見て判断する力、こうした力を育てて「信頼できるAI」に進化させていけるか、それがこれからの時代の企業の競争力を左右すると考えています。
私たちが目指すのは「AIを使っていることすら意識しない」状態です。この目標には様々なハードルを乗り越えていかなければならないと考えていますが、全社横断プロジェクトで取り組んでいる意義はこの点にあります。すべてを一足飛びに変えるということではなく、AIの判断を人間が介在・チェックする「ヒューマン・イン・ザ・ループ」など適材適所で勘所を探っていくことにチャレンジしていきます。世間で言われる仕事を奪われる関係ではありませんので、AIというバディとともに歩むことで、人間のクリエイティビティが拡張される。そういう発想でとらえています。
豊島:まさに「決断する人のAI」ですね。AIがどれだけ自律的に動いても、最後の決断は人がする。情報収集・分析・優先順位付けはAIがマシンスピードでやっている、でも判断は人間がする。この構造が企業に根付いた時に、AIフル実装は完成すると思います。
企業OSを書き換える、3段階のロードマップ
――AIを前提とした経営へ移行するうえで、どのようなゴールを描き、どのようなプロセスで組織を再設計していくべきでしょうか。
奥澤:ゴールは、3つの層で考えています。一層目は、自社成長すなわち中期計画の達成です。数字は結果でありますが、私たちの事業活動の総合的な評価です。つまり、今回のテーマであるAX変革が成功した結果も含まれます。
二層目は、お客さまのAX変革が進むことです。言い換えると私たちのソリューションの顧客提供価値によってお客さまのAXをさらに推進していきたいということです。
三層目は、測ることが難しいですが、これらの取り組みが「自律・分散・協調型社会」の実現につながっていることです。私たちの企業活動が、社会全体の最適化や課題解決につながっているか。このように短期から中長期の複数の目線でゴールチェックしていくことが必要不可欠だと考えています。
そのなかで最も重要と考えているのが「カスタマーゼロ」です。自社が最初(ゼロ番目)の顧客となり提供価値を自らの業務の中で検証し、その成果と知見を顧客企業に届けていきながら、お客さまと一緒に考えていく。この取り組みこそが、私たち自身の変革を顧客企業のAX支援へと昇華していく道筋だと考えています。
豊島:多くの企業を支援してきた経験から言うと、AIネイティブな企業への移行には順序があります。第1に「AIが使えるデータと業務環境を整える」、第2に「AIを前提にワークフローを再設計する」、第3に「人材・組織・ガバナンスを含めた経営システムへ移行する」。この3段階は前のステップが整わなければ次が機能しない依存関係にあります。いわば企業OSを段階的に書き換えていく作業です。
日本企業がAI活用を進めるうえで最初に考えるべきことは、どのツールを入れるかではなく、自社はAIによってどのような企業に変わるのかです。AXは単なるAI導入ではなく、企業そのものの移行です。技術より先に定着設計が必要で、データをどう整備し、業務をどう見直し、人の役割をどう再定義するかを先に決めなければならない。
その移行を果たした先には、企業がもつデータ・顧客接点・業務知見がAIによって再統合され、サービスのスピードも品質も顧客体験も根本から変わる世界があります。「AIを使う企業」から「AIを前提に経営・業務・組織を設計する企業」へ。その移行を実現した企業が、日本企業全体のAI活用の水準を引き上げていくと考えています。
奥澤 慎哉◎NTTドコモビジネス 取締役 執行役員 経営企画部長。1995年 日本電信電話株式会社入社。NTTコミュニケーションズ発足時より法人企業向けのシステム開発やクラウド・IoT/AI等を活用したコンサルティング業務に20年以上従事。2020年4月 ビジネスソリューション本部 事業推進部長、2024年6月 PHONE APPLI代表取締役社長(兼務)を務め、2024年6月から現職。経営戦略及び事業運営全般からDX/AXを軸とする中期成長戦略の推進を幅広く担う。
豊島 良彦◎PwCコンサルティング合同会社 パートナー・執行役員。グローバル総合コンサルティングファームおよびグローバルIT企業における20年以上のコンサルティング経験を経て現職。テクノロジー・メディア・情報通信セクターを中心に、AI/IoTデジタル化構想やDX戦略立案、スマートシティ構想、新規事業開発など幅広い領域での支援を手がける。



