人は年輪を重ねていくと、どうしても夢や願望に蓋をし、自分の可能性を閉ざしていってしまいがちである。
だが、多くの名作アニメーションを手掛け、世界中の人々に夢と希望をもたらしてきた名プロデューサー鈴木敏夫は、ポール・スミスのスーツに身を包むことで、自分自身のなかに新たな可能性を見出した。
日本が誇るコンテンツのひとつとして、現在世界中で親しまれているジャパニーズ・アニメーション。アニメ制作会社スタジオジブリの代表取締役プロデューサー鈴木敏夫は、その黎明期より今日まで携わり続けてきた、日本のアニメ隆盛の立役者のひとりだ。
近年は日本の伝統的な作業着、作務衣を着た姿でメディアに登場することも多い鈴木。果たしてポール・スミスのスーツは、名プロデューサーの目にどう映るのだろうか。
時代に合わせて変化する格好良さを表現
「私の実家は名古屋で既製服の工房を営んでおり、メンズのファッション誌がズラッと揃っていました。それを見るのが好きで、子供の頃からスーツなどには親しみがありました。そしてデザイナーのような役割も担っていた父は、いつもペンとメモ帳を持ち歩き、街ですれ違う人の服をスケッチしていたのです。父は筆で描くこともあり、のちに絵を描くようになる私には、そんな父の影響があったのだと思います。
大人になって出版社に勤めると、もっぱらジャンパー姿でどこにでも取材へ出掛けるようになったのですが、あるとき会社からジャケットかスーツを着ろと言われ、着るようになりました。それはそれで楽しく、以来ジャケットやスーツをよく着ていたのですが、20歳からまったく変わらなかった体重が、60歳を境に増えてきた。そして体型が変化し、それまでの服が着られなくなってきたのです。そんなときにある方からいただいた作務衣に袖を通したところ、これがとても快適であり、以来ずっと着るようになったのです」
スーツとの出合いと服装の遍歴をこのように語る鈴木。その装いは、幼少の頃から身近にあったファッション誌と、既製服工房という家業に育まれたものであった。そして齢を重ねるにつれ、誰もが経験する体型の変化により、いつしかスーツを着ないようになってしまったという。では、今回久々に着るというスーツの着心地は、いかなるものだろうか。
「実は現在の自分の体型で、ポール・スミスのスーツが着られるのだろうかと、少し不安に思っていました。そして同時に、いまの自分が着るとどうなるのかという興味もあった。歳をとり、体型が変わった自分が着ることで、何か新しい発見があるかもしれないと思ったのです。結果的には、自分でいうのもなんですが、思っていたよりもずっと似合っているではないかと感じました。
また、以前はポール・スミスの服を着こなすには、やはり“(体型との)闘い”が必要だと思い、着るのを諦めていた面もありました。ですが、今回袖を通す機会をいただき、諦める必要はないことも分かりました。着心地も窮屈感がなく、実に快適です」

サー・ポール・スミスは“身体に合ったスーツほど、快適な服はない”と断言する。鈴木の証言は、まさにその言葉通りといえるだろう。構築的な仕立てにより人体を立体的に包み込む、英国仕込みのテーラリングを駆使したポール・スミスのスーツ。それは抜群の着心地だけでなく、男のプロポーションを引き立て、凛々しい佇まいを演出するスーツでもあるのだ。
「男は誰しも“格好良くなりたい”という願望を、心の根っこの部分に抱いているもの。そういった願望を叶えるためにも、ポール・スミスのスーツは凛としていてうってつけだと感じました。そんな男の思いを全面に描いたジブリ作品が『紅の豚』です。豚のような主人公に“カッコイイとは、こういうことさ”と言わせ、ハンフリー・ボガートのような格好をさせたらどうなるか。かつてはボギーのようないい男が格好つけていたけど、それが通用しない時代がきたというのが、僕らの認識だったのです」


時代の変化に合わせて、格好良さの基準は変わる。それはアニメの主人公にも、またスーツにも当てはまることだ。そしてそんな時代に合った格好良さを提示する感性は、ファッションブランドやアニメーションスタジオが末長く愛されるために、不可欠なことのひとつといえるだろう。
「私は“温故知新”の精神を大切にしており、古いものでも良いと思ったら積極的に採り入れるようにしています。古いもののなかにこそ、次の時代のヒントが隠されている。何か古いことをやり直すと、こんなことも新しくなるのかと驚くこともある。物事はその連続であり、アニメ制作にも必要なことだと思うのです。そんな温故知新の精神は、ポール・スミスのスーツにも感じました。
また、かの松尾芭蕉は“不易流行”という言葉を残しています。それは変わらないものと変わるもの、両方の要素がなければならないということ。その精神が、私の体のなかに染み込んでいるのです」
鈴木敏夫(すずきとしお)◎1948年愛知県名古屋市生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後に徳間書店へ入社。芸能誌やテレビ雑誌などを経て、1978年アニメ雑誌『アニメージュ』創刊に携わる。同誌にて気鋭のアニメ監督であった宮﨑駿を特集したことで懇意に。1985年のスタジオジブリ創設後は徳間書店と掛け持ちで業務を行う。1989年にジブリへ移籍し、以降ほぼすべての同社作品のプロデュースを担当。2005年には代表取締役社長に就任。2008年以降は代表取締役プロデューサーを務める。
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